第91話:余白
執務室に差し込む陽光は穏やかで、世界が安定していることを象徴しているようだった。
だが、俺の手元にある最新の統計資料には、その平穏の裏側に生じた不気味な歪みが、数字となって表れ始めていた。
「係長、都市部周辺の人口動態に異常が見られます。主要都市の外縁部、いわゆるスラム予備軍とも呼べる未整備の居住区に、この三ヶ月で人口が集中しています」
ミラの淡々とした報告が、静かな部屋に響く。
俺はいくつかのグラフを並べ、それらの相関関係を追った。
「失業率も上昇傾向にあるな。特に元兵士や、軍需産業に従事していた職人たちの再雇用が追いついていない」
戦争という巨大な公共事業が消滅したことで、そこから溢れ出した人々が、行き場を失って都市の隅に溜まっているのだ。
「小規模な窃盗や、無許可の商行為に関する通報も増えています。法的な不備というよりは、生存のための逸脱ですね」
サニアが困ったように眉をひそめる。かつてのような国家間の紛争ではない。もっと細かく、捉えどころのない、社会の澱みのような問題だ。
俺は窓の外、活気付く街のさらに先、砂埃の舞う外縁部へと視線を向けた。
「平和は達成した。だが、戦争がなくなった余白に、人が溜まり始めてる」
行き場を失った熱量が、出口を求めて渦巻いている。
「管理すべき対象が変わったということか」
俺はペンを回し、次なる調整の対象を定めた。
「平和の維持は、戦争の終結よりもはるかに難解なパズルのようだな」




