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勇者になれなかった俺、配属先の「雑務課」で世界最強の組織を作ってしまう  作者: 限界まで足掻いた人生
雑務課 業務日誌総括

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第85話:依頼の山

執務室のドアを開けた瞬間、俺は回れ右をして閉めそうになった。


部屋の中は、物理的な書類と、空中に浮遊する魔導端末の通知画面で埋め尽くされている。かつては王国の片隅にある「掃き溜め」だった場所が、今や大陸全土から届く悲鳴と欲望の集積地へと変貌していた。


ミラが、次々と流れてくる情報の奔流を指一本で捌きながら、無機質な声で報告を読み上げる。


「係長、本日の新規依頼件数が三千を超えました。北方の小国からは農業用水の配分ミスによる国境紛争の仲裁、南方からは新型魔導列車の停車駅選定に関する住民投票の管理、そして魔王軍の旧領地からは……隣人の庭の木が越境しているという苦情です」


「最後のは地元の役所に言わせろ。なぜここに来る」


「『雑務課に頼めば、確実に、かつ公平に解決してくれる』という噂が、大陸共通の常識になりつつあります。既存の統治機構が機能不全に陥っている地域ほど、我々への依存度が高まっています」


サニアが隣で、分厚い優先順位表を作成していた。


「もはや我々は、単なる事務組織ではありません。大陸の全知全能を代行する『万事屋』だと勘違いされています。係長、このままでは職員の精神衛生が保てません。実務上のキャパシティを大幅に超えています」


カイルが山積みの書類の一角に埋もれながら、悲鳴のような声を上げた。


「英雄なら一振りで解決できるかもしれませんが、この量は無理です! 勇者様だって、これだけの村の相談を同時に受けるなんて不可能です!」


俺は自分のデスクに辿り着き、椅子に深く腰掛けた。


「平和になった証拠だな。大きな戦争が消えた代わりに、今まで無視されてきた無数の『小さな不備』が表面化し始めた。人々は奇跡を求めているんじゃない。自分たちの日常を、正しく、公平に管理してほしいと願っているだけだ」


俺は手元の端末を操作し、各支部の権限を一段階引き上げる設定を行った。


「ミラ、各支部の自律処理能力を強化しろ。中央で受けるのは、国境を跨ぐ案件と、法的な解釈が分かれる重大な不備だけに絞る。それ以外は現地の事務官に任せろ。俺たちがすべてを抱え込めば、それはただの独裁組織だ」


「了解しました。フィルタリング・プロトコルを更新します」


依頼の山は、信頼の証であると同時に、重い呪いでもある。

俺は流れてくる膨大な文字列を見つめ、静かにペンを握り直した。


「世界中の不備がここに集まるなら、それを一つずつ消していくのが俺たちの戦いだ。さて、まずはその『隣人の庭の木』の案件から、現地のガイドラインに従って処理案を飛ばすとしようか」


平和とは、誰にも顧みられないような小さな問題が、山のように積み重なっている状態のことを指すのかもしれない。

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