第71話:暗殺未遂
戦後調整局の執務室を出る時間は、いつも深夜を過ぎる。
月明かりが照らす人気のない廊下を歩いていると、曲がり角の影から一人の男が飛び出してきた。その手には、不自然に鈍く光る短剣が握られている。
「お前のせいで、俺の商売はめちゃくちゃだ! 帳簿の数字一つで、どれだけの人間が路頭に迷ったと思っている!」
男は悲鳴のような声を上げながら、俺の胸元へと短剣を突き出した。しかし、その刃が届く直前、影から伸びた黒い手袋が男の手首を冷徹に掴み取った。リクである。
「遅いな。殺意に事務的な正確さが欠けているぞ」
リクは無造作に男を床へ叩きつけた。男は呻き声を上げながらも、俺を呪わしげに睨みつける。
「貴様、雑務課の分際で、大陸の王にでもなったつもりか。武器の密輸も、軍との癒着も、すべてが円滑に回っていたんだ。余計な計算さえしなければ、俺たちは今頃……」
俺は乱れたネクタイを整え、足元に転がった短剣を冷めた目で見下ろした。
「円滑なのは、あんたの財布の中身だけだろう。その癒着が生んでいた損失を国全体の予算に計上すれば、あんたがここにいる理由も説明がつく。あんたは単に、不採算部門として切り捨てられただけだ」
「ふざけるな! 俺たちの人生を数字で片付けるな!」
「人生を数字に変えたのは、あんたたちが始めた戦争だ。俺はそれを、元の形に戻しているに過ぎない」
俺は警備隊へ連絡を入れ、再び歩き始めた。
「リク、この男の背後関係を洗っておけ。取引先、隠し口座、関与していた貴族の名前。すべてをリスト化して、明日の午前中までに私の机に置いてくれ」
「了解だ。少しは休んだらどうだ、係長。命を狙われるのは、立派な過重労働だぞ」
俺は苦笑し、歩みを止めることなく答えた。
「暗殺未遂の事後処理も雑務のうちだ。平和が続く限り、仕事が減ることはなさそうだな」




