第68話:勇者の旅
平和が定着し始めた頃、勇者は一通の有給休暇申請書を俺のデスクに置いた。行き先は記されていなかったが、彼がかつての激戦地を巡ろうとしていることは、その表情を見れば明白だった。
勇者は、かつて自分が「解放」したはずの北方の村に立っていた。
「……ひどいものだな。魔王軍を追い出したはずなのに、ここには何も残っていない」
黒く焦げた家々の骨組みが、墓標のように立ち並んでいる。かつて英雄として歓呼の声に迎えられた場所は、今や風の音だけが響く静寂に包まれていた。
村の端にある、名もなき戦死者たちのための墓地へと彼は向かった。そこには遺体さえ見つからなかった者たちのための、空の墓石が幾つも並んでいる。
「勇者様、こんな場所で何をされているのですか」
生き残った村人の一人が、不思議そうに声をかける。勇者は力なく笑い、自らの腰に帯びた聖剣を見つめた。
「俺はこの剣で世界を救ったつもりだった。だが、この村の日常を救うことはできなかったんだ」
「そんなことはありません。あんたが戦ってくれたから、私たちはこうしてまた、この焼け跡に種をまくことができるんです」
勇者は村人の言葉に深く頷くと、長年その身の一部であった重い剣をゆっくりと解いた。
「今まで、こいつの重さでしか世界を感じられなかった。だが、これからは自分の手で、この土の感触を覚えていきたい」
彼は聖剣を枯れた芝生の上に静かに置いた。
それは最強の兵器としての役割を返上し、一人の人間として過去と向き合う儀式のようだった。
勇者は空の墓地に向かって膝をつき、静かに両手を合わせた。




