第67話:外交使節
魔王軍の軍艦が、停戦以来初めて王都の港に入港した。マントを翻した魔族の将官たちが降り立つと、港には何とも言えない緊張感が走る。
歴史上初となる「和平会談」の実施である。
政治的な主導権を握りたがる外務省や軍部を押し除け、実務一切を取り仕切ることになったのは、戦後調整局の雑務課だった。
「係長、魔族側の食文化に関する調査票が戻ってきました。彼らの主食は魔力を帯びた鉱石ですが、今回の外交団は人間との共生を考慮し、タンパク質中心のメニューを希望しています。ただし、香辛料の成分には一部毒性を発揮するものがあるため、厨房の完全分離が必要です」
サニアが手際よく、数百ページに及ぶ「外交プロトコル・マニュアル」を整理する。
「座席の配置はどうなっている」
「円卓を採用しました。上下関係を排除し、物理的な距離を均等に保つことで、魔力の干渉による不慮の事故を防ぐ設計です。また、会議室内の防音魔法の強度は、最新の事務規定に基づいて調整済みです」
俺は会場となる大広間の隅で、給仕の動線を確認した。
「いいだろう。政治家たちが言葉で殴り合うのは勝手だが、空調の温度設定ミスや茶の出し方の不手際で戦争が再開されるのだけは御免だ」
会談が始まると、そこは言葉の戦場となった。
「旧領土の返還と、魔石鉱山の共同開発権。これが我が方の最低条件だ」
魔王軍の使節が、鋭い爪でテーブルを叩く。
「認めるわけにはいかない。それは我が国の安全保障に直結する不備だ」
王国の代表も負けじと声を荒らげる。
議論が過熱し、魔力が室内に充満し始めた瞬間、俺は静かに挙手をした。
「失礼。議題が発散しています。現在の論点は『経済圏の共有』であり、『領土の帰属』ではありません。後者は第14項の別表で協議することに先ほど合意したはずです。事務局としては、このまま時間を浪費するなら、延長料金を双方の国家予算から計上させていただきます」
冷徹な「事務屋」の介入に、熱を帯びていた両者の視線がこちらに集まる。
「……フン、事務方がこれほど口を出すとは。だが、お前の言う通りだ。今は数字の話に集中しよう」
魔族の使節は毒気を抜かれたように椅子に深く座り直した。
感情の激突を、規約という名の檻で制御する。
雑務課が用意した完璧な「土俵」の上で、和平に向けた実務的な対話が静かに動き出した。




