第62話:共同都市
王国と魔王軍の国境地帯に、一つの壮大な計画が持ち上がる。境界線を跨いで建設される「共同都市計画」である。
それは戦後処理の究極の形であり、物理的に境界を消滅させる試みであった。だが、計画が発表されるや否や、予定地の住民たちからは激しい不安と反発の声が上がった。
「魔族と同じ壁の中で暮らすなど正気か。いつ寝首をかかれるか分かったものではない」
王国の農民が、震える声で不満を漏らす。
「人間どもは狡猾だ。どうせ法律を自分たちに都合よく書き換え、我々を追い出すつもりだろう」
魔族の商人たちも、牙を剥いて警戒を強めていた。
感情の対立が激化し、工事の着工さえ危ぶまれる中、サニアが動いた。彼女は、双方の住民を一つの広場に集め、大規模な対話会を開催した。
「皆さん、落ち着いてください。私は皆さんに、手を取り合って親友になれと言いに来たのではありません」
サニアは壇上に立ち、透明感のある声で会場を静めた。
「ふん、なら何のために集めた。綺麗事は聞き飽きたぞ」
最前列の男が吐き捨てるように言う。
「利害の一致を確認するためです。配布した資料の三ページ目を見てください」
サニアは動じず、事務的に説明を続けた。
「この都市では、王国と魔族の技術を組み合わせた新しいインフラを整備します。魔石による暖房と、王国の最新下水道。これにより、個別に住むよりも生活コストは三割削減され、公衆衛生の基準は二倍以上に向上します」
住民たちは、配られたパンフレットの数字を黙って見つめた。
「隣人が誰であれ、支払う税金が安くなり、病気のリスクが減る。それは皆さんにとって共通の利益ではないでしょうか。私たちは友情を強要しません。ただ、合理的な隣人関係を提案しているだけです」
「……税金が安くなるのか。それは本当なんだな」
「魔石の暖房なら、冬の燃料代を気にしなくて済むのか」
広場の空気が、少しずつ和らいでいく。恐怖や憎しみという不確定な感情が、生活の利便性という具体的な数字によって上書きされていく。
サニアは、まだ不安そうな表情を浮かべる母親に、優しく微笑みかけた。
「不安なことがあれば、いつでも窓口に来てください。私たちは感情の不備を整理するためにここにいます」
住民たちは完全に納得したわけではなかったが、対話会を終えて家路につく彼らの足取りは、来る時よりもいくらか軽くなっていた。
共同都市という前例のないプロジェクトは、静かな対話からその第一歩を踏み出した。




