第5話:初めての“理由のある勝利”
騎士団全体が「書類仕事」を忌避する中、地下の雑務課を訪ねてきた者がいた。
まだ二十代前半の若手隊長、レオンだ。
彼の部隊は新兵が多く、遠征のたびに多大な損害を出しては「根性が足りない」と上層部から叱責されていた。
「もう、仲間を死なせたくないんです。……あなたのやり方で、何かが変わるなら」
俺はレオンに、魔法の武器ではなく三枚の紙を渡した。
一つ、出発時間の厳守。
二つ、二時間ごとの強制休憩。
三つ、出発前と戦闘後の装備確認表。
「これを守るだけでいい。武勲を立てようと無理な行軍はするな」
レオンは戸惑いながらも、その紙を握りしめて遠征へと出発した。
古参の騎士たちは「雑務係のままごとに付き合うとは」と鼻で笑っていたが、数日後、彼らは目を見張ることになる。
城門をくぐり、帰還したレオンの部隊。
そこには、いつものような「悲惨な敗走」の気配は微塵もなかった。
鎧には戦いの傷跡がある。だが、兵士たちの足取りは力強く、瞳には生気が宿っていた。
何より驚くべきは、荷車の上に「遺体」が一つも載っていないことだった。
「報告します。魔物二十体を討伐。……我が部隊、戦死者ゼロ。重傷者なし」
レオンの報告に、広場が静まり返る。
ガルドス団長が信じられないといった様子で身を乗り出した。
「奇跡でも起きたのか? それとも、敵が弱かったのか?」
レオンは首を振った。そして、懐からボロボロになった「チェックリスト」を取り出した。
「いいえ。……戦う前に、勝敗が決まっていただけです」
彼は震える声で続けた。
「決められた時間に休憩を取ることで、接敵時に集中力が切れていなかった。事前に予備の武器があることを確認していたから、剣を折られてもパニックにならなかった。……戦いが、今までとは比べものにならないほど、楽だったんです」
それは、個人の勇猛さや運に頼らない、組織としての「理由のある勝利」だった。
ただ数え、記録し、管理する。
その地味な作業が、伝説の魔法よりも確実に人の命を救うことを、若き隊長が証明したのだ。
俺は地下室の窓から、夕日に照らされる部隊を見つめていた。
サニアが隣で、初めて誇らしげな微笑を浮かべている。
「これ……明日はもっと申請書が増えそうね」
「ああ。忙しくなるぞ。サニアさん」
世界最強の組織への第一歩は、華々しい一撃ではなく、完璧に管理された一日のルーチンから始まった。




