第45話:監査
軍の監査官たちが雑務課の執務室を占拠し、冷徹な手際で書類を検閲し始めてから数時間が経過した。リーダー格の監査官は、眼鏡の奥の目を鋭く光らせ、俺が書き溜めてきた「終戦処理手順書(案)」を指先で叩いた。
「君たちの活動には、看過できない重大な問題が三つある」
監査官の声は、冬の朝のように冷たく響いた。
三つの指摘
監査官は淀みなく、俺たちの「罪状」を読み上げた。
不明瞭な権限行使:暫定終戦管理担当などという、軍規に存在しない役職を勝手に名乗り、他部署への調整を行っている。
不適切な情報操作:情報の撹乱によって魔王軍の内紛を助長させた。これは軍事上の背任行為に当たる可能性がある。
終戦書類の作成:決定権のない一係長が、独断で停戦協定の草案を作成するのは越権行為の極みである。
「……どれも、手続き上の観点から言えば正論だな」
俺は素直に認めた。軍という組織において、俺たちがやっていることは明らかなイレギュラーであり、規律を乱すノイズに他ならない。
数字という名の証言
監査官は勝ち誇った顔をせず、淡々と処分の検討に入ろうとした。だが、俺はその前に、一冊の分厚い集計表を彼の前に差し出した。
「処分を下す前に、この統計に目を通していただきたい」
監査官は不審げに眉を寄せたが、職業的な習性か、提示された資料を無視することはできなかった。俺はそのページをめくりながら、淡々と解説を加えた。
「この三ヶ月、我々が権限を逸脱して避難誘導を行った結果、周辺村落の生存率は前年比で四割上昇した。また、不適切な情報操作の結果として魔王軍が内紛を起こしたことで、王国軍の消耗は六割減少。さらに、この手順書に従って行った捕虜の管理不備の是正により、捕虜死亡率はほぼゼロになった。結果として、戦後の賠償交渉における王国の優位性は、事務的に担保されている」
執務室に、沈黙が降りた。
監査官は、俺が提示した膨大な生データと計算式を、穴が開くほど見つめている。避難成功者の名前、節約された軍需物資の金額、減少した死亡届の数。
そこにあるのは、感情や正義といった曖昧なものではない。積み上げられた事実という名の圧倒的な重みだった。
数字は嘘をつかない
長い沈黙の末、監査官はゆっくりと書類を閉じた。
「……数字は、嘘をついていないようだな」
彼の声からは、先ほどまでの刺々しさが消えていた。事務方として生きる者にとって、最適化された数字は、どんな雄弁な弁解よりも説得力を持つ。
「君たちの手法は、あまりに合理的すぎて、この国の軍には馴染まない。だが、君たちが生み出した結果までも否定することは、私にはできない」
監査官は撤収を命じ、部下たちを伴って部屋を出ようとした。だが、扉に手をかけたところで立ち止まり、俺にだけ聞こえるような低い声で付け加えた。
「だが、これ(合理的な平和)を嫌う者は多い。特に、戦争が続くことで懐が潤う連中にとっては、君の作る清潔な帳簿は毒そのものだ」
その言葉には、警告というよりは、同じ組織に身を置く者としての同情が含まれているように感じられた。




