第44話:利益の流れ
執務室の窓を叩く雨音が、積み上がった書類の山をさらに重く感じさせる。元貴族のトウマが、一枚の分厚い資材記録を俺の机に叩きつけた。
「係長、これを見てください。この国の帳簿は、数字が踊っているどころか、最初から特定の誰かの財布に繋がっていますよ」
トウマが指し示したのは、王国軍が占領し、その後「復旧」が宣言された地域の契約目録だった。
独占された復旧
「特定の商会数社が、戦域のインフラ復旧契約をほぼ独占している。それも、戦闘が終わる前から資材の発注が済んでいる場所さえあります」
トウマの指摘通り、記録には奇妙な「即応性」があった。街が焼かれ、橋が落ちた数日後には、既に特定の商会が法外な予算で資材を運び込んでいる。
「戦えば戦うほど、建物が壊れれば壊れるほど、彼らの収益は青天井に増えていく仕組みだ。破壊は、彼らにとっての需要創出に過ぎない」
トウマは冷ややかな笑みを浮かべ、自嘲気味に肩をすくめた。
「戦争ってのは、恐ろしいほど儲かる事業なんですね。平和を維持するよりも、壊し続けるほうがずっと効率的に金が回る」
だから終わらない
俺は手元の帳簿を静かに閉じた。
かつての世界でも、似たような光景を嫌というほど見てきた。
必要のない改修工事。天下り先を確保するためだけの無意味な新設部署。一度予算がついたプロジェクトは、それがどれほど社会に害をなすものであっても、利益を享受する者がいる限り、絶対に止まらない。
「だから終わらないんだ」
俺の声は、自分でも驚くほど低く響いた。
「憎しみの連鎖とか、魔王の野望なんてのは表向きの看板に過ぎない。この戦争の本当の動力源は、止めることで損をする奴らが、アクセルを離さないことにある」
正義だの平和だのという言葉が空々しく聞こえる。この世界は、戦争という名の巨大な利権構造によって、窒息しかけていた。
突然の監査
俺たちがその闇の一端に触れた、まさにその時だった。
廊下に激しい足音が響き、執務室の扉が力任せに開け放たれた。入ってきたのは、王都の紋章を胸に付けた、冷徹な目をした男たちだった。
「雑務課、暫定終戦管理担当だな。王都統括本部・法務監査局だ」
リーダー格の男が、俺の鼻先に差し押さえの令状を突きつける。
「貴殿らには、軍需物資の不正流用、および職権乱用の疑いがある。直ちに雑務課の全倉庫、および個人執務室の立ち入り監査を行う。全員、手を止めて壁際に寄れ」
トウマが俺と視線を交わす。その目は「当たりだ」と告げていた。
俺たちが調べ始めた「利益の流れ」を察知した何者かが、手続きという名の暴力を使って、俺たちを黙らせにきたのだ。
「……随分と迅速な対応だな」
俺はペンを置き、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
事務屋の戦場に、ついに「内部の敵」が牙を剥いて現れた。




