第43話:境界線の客
「暫定終戦管理担当」という看板を掲げてから数日。雑務課に、前線から「特殊な捕虜」が連行されてきた。
それは生成派との内紛に敗れ、自国軍からも追われる身となった魔王軍、共存派の参謀だった。角はあるが、身に纏う衣服は整い、その瞳には理知的な光が宿っている。
俺はいつものように、リクとサニアを同席させ、事務的な尋問を開始した。
敵が読んだ書類
「……あなたが、あの書類の起草者か」
椅子に深く腰掛けた参謀は、拘束されているとは思えないほど落ち着いた様子で俺を見据えた。彼の視線の先には、俺が統括本部へ送り、差し戻されたはずの「終戦処理手順書(案)」の写しがあった。
「なぜ、お前がそれを持っている」
リクが剣の柄に手をかけ、鋭い声を出す。俺たちの内部書類が、魔王軍の手に渡っている事実は、情報漏洩という名の特大の不備だ。
だが、参謀は薄く笑うだけで動じなかった。
「戦場には、捨てられた書類などいくらでも転がっている。……内容は興味深かった。捕虜交換の項目、避難民の保護、そして停戦の法的正当性の確保。どれもが、英雄たちの武勇伝には一行も出てこない、だが我々にとっても喉から手が出るほど欲しい『出口』の設計図だ」
共通の言語
参謀は、書類に記された細かな数字や手順を指先でなぞった。
「我々魔王軍も、もはや一枚岩ではない。戦争という巨大な損失をどう止めるか、その『やり方』が分からずに自壊を続けている。……あなたが作ったこの書類は、魔王軍にとっても非常に都合が良いものだ」
「都合が良い、だと?」
サニアが怪訝そうに聞き返す。
「ああ。感情を排し、純粋なコスト計算と実務上の利害だけで構築されたこの手順は、種族の壁を超えた共通言語になり得る。あなたが事務的な処理を進めれば進めるほど、我々の側の『終わらせたい勢力』も動きやすくなるのだ」
参謀は立ち上がり、俺の机に手を置いた。
「あなたの仕事は、こちらでも役に立つ。……というより、これこそが我々の探していた唯一の共通解だ」
リクの違和感
尋問が終わり、参謀が再び地下の監獄へと連行されていく中、リクは腕を組んだまま、彼が去った扉をじっと見つめていた。
「……係長、どう思う?」
「何がだ?」
「あの参謀の言い方だ。俺たちの仕事が、向こうでも役に立つ。……一見すればいい話に聞こえるが、どうにも妙な違和感があるんだ」
リクは言葉を選びながら、自分の胸元を叩いた。
「俺たちが戦争を終わらせるために引いているこの境界線が、いつの間にか『あいつら』に利用されているような……。正義とか悪とかじゃなく、もっと別の、巨大な何かの歯車の一部に組み込まれているような気がしてならないんだ」
俺はペンを握り直し、白紙のページをめくった。
敵からも期待される「終戦の手続き」。
それが純粋な善意でないことは、事務を司る俺が一番よく分かっている。
だが、たとえ誰に利用されようとも、俺はこの「終わらない仕事」に決済を下さなければならない。




