第41話:差し戻し
数日後、俺が心血を注いで書き上げた「終戦処理手順書(案)」は、統括本部から一通の無機質な返信と共に戻ってきた。
書類の表紙には、真っ赤なインクで無慈悲な文字が刻印されている。
「差し戻し」
添えられた理由は、呆れるほどに簡潔だった。
「本案を審議するための、終戦を想定した既定の規則が存在しない。よって、本件を受理し処理するべき主管部署が不明である」
つまり、書類の内容が間違っているわけではない。この軍という組織のどこを探しても、戦争を終わらせるための「受け皿」が一つもないのだ。
存在しない席
「主管部署が不明……。要するに、誰もハンコを押したくないってことね」
サニアが呆れ果てたように、返却された書類の束を指先で弾いた。
「いや、もっと質が悪い。軍というシステムそのものが、戦争が永久に続くことを前提に設計されているんだ。終わらせるための機能が、最初からインストールされていない」
俺は椅子に深く背を預け、冷え切った執務室の天井を見上げた。
「有効な書類だが、処理する場所がない。なら、話は早い」
俺は立ち上がり、棚から新しい看板用の木板を取り出した。
「部署が存在しないなら、俺たちがそれになればいい。看板を一つ増やすだけだ」
暫定終戦管理担当
俺は手慣れた筆致で、木板に新しい部署名を書き込んだ。
「暫定終戦管理担当」
雑務課の本来の業務に付け加えられた、非公式かつ強力な「後始末」の肩書き。
「係長、本気か? 勝手にそんな部署を名乗ったら、また予算外の活動だって統括本部に目をつけられるぞ」
リクが苦笑しながらも、新しい看板を入り口に掛ける手伝いをしてくれる。
「構わん。受理されないなら、俺たちが勝手に処理して、既成事実として積み上げていくだけだ。戦争が終わった後の帳簿を、先にこちらで完成させてやる」
それは、軍という巨大な組織の隙間に入り込み、勝手に「出口」を工事するような、極めて独断的で事務的な反逆だった。
残党の暴走
だが、事務机の上がどれほど静かになろうとも、外の世界はそれを待ってはくれない。
ミラの影が揺れ、緊迫した声が室内に響いた。
「報告します。戦域の封鎖を突破し、殲滅派の残党が暴走を開始しました。彼らは生成派との内紛で正気を失い、手当たり次第に周辺の村々へ牙を剥いています」
「……管理不備の極みだな」
俺はデスクに置いた「手順書」を掴んだ。
残党が暴れるということは、そこにはまだ「終わっていない暴力」が残っているということだ。
「リク、サニア、出るぞ。残党の排除ではない。彼らを『戦力外』として処理し、物理的に終戦の帳尻を合わせに行く」
事務屋の戦場は、ついに机の上を飛び出し、硝煙と怒号が渦巻く前線の最奥へと移りつつあった。




