第39話:魔王軍の内紛が表面化
空は赤く染まり、大気は引き裂かれた魔力の残滓で絶えず震えていた。俺たちがこれまで執拗に繰り返してきた情報の撹乱と、派閥間の不信感の増幅は、ついに修復不可能な決裂を招いた。
魔王軍の駐屯地では、もはや人間との戦争どころではない惨状が繰り広げられていた。
武威を誇る「殲滅派」の巨大な魔獣たちが、かつての友軍である「生成派」の拠点を食い破っている。対する生成派は、制御を失いかけた異形たちを次々と戦場へ吐き出し、味方であったはずの魔獣たちの肉を材料にして、その場で新たな化け物を造り変えていた。
空間を裂くほどの魔力放射が衝突し、その余波で周囲の森が一瞬で灰へと変わる。読経のような低い呻き声と、肉が爆ぜる不快な音が重なり合い、この世の終わりを象徴するような不協和音が響き渡っていた。
「……ひどいものね。地獄という言葉ですら、生温いくらいだわ」
ミラの報告を聞きながら、サニアが顔を背けた。その視線の先では、山をも超える巨大な腕が空から降り注ぎ、一つの部隊を丸ごと圧殺している。英雄譚に描かれる勇壮な決戦などそこにはない。あるのは、ただ肥大化した暴力による、意味を持たない殺し合いだけだ。
「係長、殲滅派の主力部隊が生成派の心臓部へ突入しました。このままでは周辺の地形ごと消滅します。どうしますか」
リクの声にも、かつての昂揚感はない。前線を知る彼にとっても、この無秩序な暴走は理解の範疇を超えているようだった。俺は手元の帳簿をめくり、冷静に状況を整理した。
「慌てるな。俺たちのやることは変わらない。トウマ、戦闘地域に隣接する村落の避難経路を再確認しろ。予定のルートが瓦礫で塞がっているなら、すぐに迂回指示を出せ」
「了解です。……しかし、これだけの物資が、ただの身内揉めで無に帰すとは。元貴族としては、この浪費こそが一番の罪に見えますよ」
トウマが皮肉を交えながらも、迅速に指示を伝令へ飛ばす。俺は次にミラへ向き直った。
「ミラ、戦闘地域の完全封鎖の申請を統括本部に通せ。王国軍の功を焦る連中がこの混乱に飛び込まないよう、管理不備を理由に全域を立ち入り禁止にするんだ」
「承知いたしました。……既に、数人の将校が『漁夫の利』を狙って動こうとしていますが、書類の不備で足止めしてあります」
俺は最後に、激化する戦場を遠く見つめた。空が割れ、光が地上を焼き尽くす。英雄なら、あの光の中に飛び込んで何かを成し遂げるのかもしれない。だが、事務屋である俺の戦場は、ここにある。
「俺たちは、あの化け物たちと戦う必要はない。ただ、あそこで誰が死に、どれだけの土地が死んだか。そのすべてを正確に記録し、管理下に置く。戦争というシステムが自壊していく過程を、一文字も逃さず帳簿に刻み込め」
俺はペンを力強く握りしめた。
空を割るほどの魔力の輝きも、俺の机の上に積み上がる「死者数」の冷淡な記録の前では、ただの過剰な経費に過ぎない。
勇者がいない、そして俺たちが剣を振るわない戦場。
そこでは、狂った仕組みが自らの摩擦熱で焼き切れていく、静かな終わりの予感が漂っていた。




