第35話:戦えない部署の前線同行
書類の上で踊る数字の裏側にあるものを、この目で確かめなければならない。俺は係長としての権限を使い、雑務課全員による前線視察を決定した。
護衛の数名を除き、俺たちに武器の携帯は許されない。魔法の使用も厳禁だ。これはあくまで「戦況確認」という名の事務作業であり、戦闘行為ではないという王国への建前を通すためだった。だが、重い沈黙を引き連れて辿り着いたそこは、もはや戦場と呼べるような場所ですらなかった。
かつて緑豊かだった谷は、勇者の放った極大スキルの余波によって、地形そのものが蒸発していた。土はガラス状に焼き固まり、そこには風の音さえ響かない無の世界が広がっている。勝利の痕跡と言えば聞こえはいいが、それは生命の存在を根底から否定する、あまりに無慈悲な力の爪痕だった。
その消失した境界線のすぐそばに、異形の群れが転がっていた。いや、それはもはや群れですらない。兵器生成派が焦りのあまり、未完成のまま吐き出した肉塊の山だ。
「……あれ、動いてるわよ」
ミラの震える指先が、泥にまみれた塊を指した。生成途中で崩壊した肉の塊が、血管のような魔力の糸を剥き出しにしながら、不規則に脈動を繰り返している。それは生きようとする意志ではなく、ただ「兵器として存在せよ」という呪いに縛り付けられた、物質の悲鳴のように聞こえた。
さらに視線を転じた先で、俺たちは言葉を失った。
王国軍の甲冑を纏ったまま、右腕が魔物の大顎へと変異した兵士が、岩壁に凭れかかっていた。生成派の放った寄生型の異形に侵食されたのだろう。人間としての理性を失い、獣のような唸り声を漏らすその目は、助けを求めているのか、それともすべてを呪っているのか、濁りきって焦点が合わない。
「うっ……」
それまで気丈に振る舞っていたサニアが、口元を押さえてその場に膝をついた。喉の奥から込み上げるものを堪えきれず、荒い息を吐きながら地面を強く握りしめる。彼女が魔法学院で学んできた慈愛の術も、この地獄の前では何の役にも立たない。
前線経験が豊富で、どんな惨状にも動じないはずのリクですら、握りしめた拳を震わせたまま立ち尽くしていた。
「……これが、俺たちの管理している現場の正体か。効率だの、戦術だの、そんな言葉が滑稽に聞こえるな」
リクの掠れた声が、焦土に虚しく響く。
俺は、ガラス化した大地の感触を靴底に感じながら、手元の記録板を強く握りしめた。俺が毎日、無機質なインクで処理していた「物資損失」や「人員欠損」の正体は、この吐き気を催すような凄惨な現実の積み重ねだったのだ。
事務屋の矜持として、感情を排除して数字に向き合ってきた。だが、この壊れ果てた景色を前にして、冷徹な計算だけで済ませることはもうできない。
「俺たちは、これを止めたいんだよな……?」
絞り出すような俺の問いに、誰も答える者はなかった。けれど、サニアの流す涙も、リクの硬い拳も、ミラの凍りついた視線も、すべてが同じ答えを叫んでいた。
この狂った機械を、一刻も早く、根底から破壊しなければならない。




