第34話:戦場の暴走
俺たちが仕掛けた「情報の不一致」は、確かに魔王軍の連携を内側から食い破っていた。殲滅派と共存派の間に生じた不信感は決定的なものとなり、組織としての統制は失われつつあった。しかし、その綻びが招いたのは、俺が望んだ沈黙ではなかった。
供給路の異変と魔物の消失を「王国軍による組織的な妨害」と断定した兵器生成派が、狂気とも取れる強硬手段に出たのだ。
「係長、前線から緊急報告です! 生成派が管理する全拠点の穴が、強制的に開放されました。これまでの『選別』を無視し、未完成の異形たちが無差別に吐き出されています!」
ミラの叫びが執務室に響く。
これまでは一定の理屈に従って運用されていた戦争が、その均衡を失い、ただ破壊を撒き散らすだけの暴風へと変貌していた。局地戦の規模は異常に膨れ上がり、大地はかつてない激痛に悶えるように震えている。
そして、その混沌を鎮めるために、王国が誇る「最大戦力」が投入された。
遥か彼方の空が、黄金の亀裂によって切り裂かれた。勇者が放つのは、もはや魔法という枠組みすら超えた、世界の理を書き換えるほどの絶技だ。
一振りの剣閃が空間そのものを捻じ曲げ、数千の異形をその断層に呑み込んでいく。大地は焦げ付き、空気が熱を帯びて爆ぜる。人智を超えた光の奔流が、戦場という舞台を物理的に削り取っていた。
だが、どれほど凄まじい力が振るわれようと、俺の手元に届くのは、ただ冷淡な数字の集積に過ぎない。
「……後方、第三予備兵団より全滅の報。勇者様の術に巻き込まれた可能性が高く、確認不能。前線の回収班も、熱波によって全滅……。物資の損失、計測不能」
トウマの声が、震えている。
勇者の力が強まれば、対抗するように大地の底からも、より歪な、より凶悪な何かがせり上がってくる。光と影が互いを喰らい合い、増幅し、収拾のつかない渦となっている。
俺は、次々に届く凄惨な被害報告の束を、ただ見つめることしかできなかった。
後方に身を置く俺たちの元へは、勇者の華々しい活躍ではなく、その影で押し潰された者たちの断末魔だけが届く。
「サニア……。俺たちが戦術を弄し、管理を深めようとした結果が、これなのか?」
「……わからないわ。でも、今起きているのは、もう誰も制御できない拒絶反応よ」
サニアの言葉に、俺は窓の外の燃えるような空を仰いだ。
戦場が壊れ始めてる。止まり方を知らない機械みたいだ。
歯車は狂い、潤滑油は火を吹き、それでも回転を止める仕組みが存在しない。
英雄が剣を振るうほどに、そして俺がペンを走らせるほどに、世界という巨大な装置は、その摩擦熱で自らを焼き尽くそうとしていた。




