第33話:小さな干渉
係長という役職がもたらした権限は、想像以上に強力な武器となった。軍の正規ルートに「調整」という名の介入を行うことが公的に許され、俺の書面一つで補給路や斥候の巡回時刻を合法的に動かせるようになったのだ。
俺は執務室に雑務課の面々を集め、新たな盤面の操作を開始した。
「リク、北方の山岳地帯に現れる魔物の誘導ルートを書き換える。殲滅派の勢力圏ではなく、あえて共存派の駐屯地から遠ざかるように兵を配置しろ。ミラは、生成派から殲滅派へ送られる伝令の内容に、意図的な『遅延』と『錯誤』を混ぜ込め」
俺の指示に、リクが不敵な笑みを浮かべて頷く。
「合致しない進軍命令と、現れない魔物か。殲滅派の連中は、獲物を求めて無意味に荒野を彷徨うことになるな」
「その隙に、トウマは共存派の背後にあたる地域から戦場の残骸をすべて回収しろ。彼らが兵器生成派から『材料不足』を理由に責められないよう、帳簿上は王国軍が強奪したことに書き換えておく」
ミラの報告によれば、魔王軍内部ではすでに情報の食い違いによる不信感が芽生え始めている。殲滅派は共存派が手を抜いていると疑い、共存派は生成派の供給が滞っていることに憤りを感じていた。
俺はこの「情報の不備」を管理し、さらに拡大させることで、彼らが一枚岩として機能するのを妨げた。
「サニア、前線の兵士たちの配置換えを申請してくれ。激戦が予想される地点から、精神的に疲弊の激しい部隊を順次『後方支援の補助』という名目で引き抜く。これは俺の係長としての命令権で行う」
「ええ、分かったわ。……誰も死なないための、平和な書類仕事ね」
サニアが穏やかな、けれど鋭い意志を秘めた目で微笑む。
雑務課という小さな部署から発せられる、目立たない命令の数々。しかし、それらが複雑に絡み合うことで、戦場の熱量は確実に奪われていった。
数日後、俺の手元に届いた被害集計は、僅かではあるが明確に下降線を描いていた。
大きな勝利はない。劇的な逆転劇もない。
けれど、俺たちが書類の上でペンを走らせるたびに、この世界の残酷な巡りは一歩ずつ確実に滞り始めている。
勇者が派手な魔法で敵を焼き払う陰で、事務屋である俺の「小さな干渉」が、戦争という巨大な怪物の足元を静かに、執拗に掬い取っていた。




