第3話:数えるだけ
地下倉庫の澱んだ空気の中、俺はひたすらペンを動かしていた。
やっていることは単純だ。
山積みの木箱を開け、中身を確認し、数を記録する。ただそれだけ。
「……ねえ、本当にそんなことして何になるの?」
サニアが呆れたように声をかけてくる。
彼女の目には、俺がただの「無駄な作業」に没頭しているように見えているのだろう。
この世界の人間に「棚卸し」という概念はない。
物はあれば使う。なければ諦める。それがこの国の常識だった。
「サニアさん、管理の基本は現状把握だ。数え終えれば、俺たちがどれだけ『豊か』か分かる」
「豊か? 私たちは捨てられた部署なのよ? 物資なんて……」
「いや、あるよ。腐るほどにな」
数日後、俺の手元には数枚の羊皮紙にまとめられたリストが出来上がった。
結果は予想通り、いや、予想以上に酷いものだった。
保存食の在庫:騎士団1ヶ月分(ただし一部は賞味期限切れ)
予備の防具:300セット(奥の部屋に忘れ去られていた)
ポーション:500瓶(別の箱に紛れ込んで放置)
この国は物資不足に喘いでいると言われていた。
だが事実は違う。
「どこに何があるか誰も知らない」から、現場に届いていないだけだ。
リソースの配分不能。これがこの国の弱さの正体だった。
その時、倉庫の重い扉が開き、一人の兵士がふらつきながら入ってきた。
前線への補給を求めてやってきた、輤(荷車)引きの男だ。
「……あー、またここか。どうせ今日も『在庫なし』なんだろ? 団長にはなんて報告すればいいんだか……」
男は諦め顔で、力なく吐き捨てた。
いつもなら、ここでサニアが「ごめんなさい」と謝って追い返すのがいつもの流れだ。
だが、今日は違う。
俺はリストを指でなぞり、倉庫の3番目の棚を指差した。
「第4部隊の補給だな。干し肉が3袋、乾燥小麦が2袋。それと予備の靴が5足。そこに準備してある。持っていけ」
「……は?」
兵士は耳を疑ったような顔で俺を見た。
おずおずと差し出された荷車の中身を確認した男の顔が、一瞬で強張る。
そこには、約束通りの食料と、手入れされたばかりの備品が整然と並んでいた。
「な、なんだこれ……本当にいいのか? いつもは『記録がない』だの『手続きが先だ』だの言われて、水一杯すらもらえなかったのに」
「それが俺たちの仕事だ。ほら、早く行け。腹が減っては戦えないだろ」
兵士は震える手で荷車を掴むと、何度も、何度も頭を下げながら去っていった。
角を曲がる直前、彼が漏らした呟きが地下の廊下に響く。
「……嘘だろ。今回は、飯があるのか……?」
その声は、泣いているようにも聞こえた。
隣で呆然としていたサニアが、信じられないものを見る目で俺を振り返る。
「……本当に、ただ数えただけなのに。あんなに喜ばれるなんて」
「ああ。これが『組織』の力だよ。サニアさん」
勇者になれなかった男の、地味で、けれど確かな変革がここから動き出す。




