第27話:勇者も万能ではない
戦場は、勇者が放つ神聖な魔術によって白銀の光に包まれた。天を衝くほどの魔力が降り注ぎ、地を埋め尽くしていた異形たちは一瞬で塵へと帰したはずだった。だが、歓声が上がることはなかった。
塵となったはずの残骸が、意志を持つかのように地表を這い、互いに絡み合っていく。勇者の純粋な魔力を吸い込んだ大地が、さらに強固な肉体と鋭い刃を供えた新たな異形を産み落としたからだ。神の雷ですら、この狂った仕組みの中では、次の怪物を育てるための肥沃な雨に過ぎない。
勇者は狼狽し、さらに強大な術式を練り上げる。だが、その光が強まれば強まるほど、連鎖は加速し、戦場に流れる血の量も増えていく。力という正義が、ここでは最悪の結末を招く引き金となっていた。
俺は眩い光に背を向け、手元の白地図に鋭い筆致で線を引いた。
「全軍、第二陣地まで後退。勇者の背後を固めるな、彼を孤立させて敵の注意を引きつけろ。その隙に負傷者を谷の裏へ逃がす」
俺が命じたのは、勇壮な突撃でも奇跡の逆転劇でもない。冷徹なまでの退却と、物資の移動、そして地形を利用した防衛線の再構築だ。
補給部隊を動かし、あらかじめ配置しておいた中和石の防壁へと兵を誘導する。大地の拍動を抑えるその石が並ぶ区域では、異形の再生速度が目に見えて落ちる。俺は剣を振るう代わりに、この土地の呼吸を読み、兵たちが「死なずに済む場所」を事務的に作り出していった。
「隊長、勇者様を見捨てるのですか!」
伝令の兵が叫ぶが、俺は視線を地図から外さない。
「見捨てるのではない。彼の力を、これ以上大地の糧にさせないための措置だ。今は戦果を追うな。この場の損害を一点でも削り取ることだけを考えろ」
俺の指示に従い、戦場の流れが少しずつ変わっていく。敵を倒すことに執着するのをやめ、地形を制御し、誘導に徹したことで、絶望的だった犠牲者の増加がようやく鈍化し始めた。
だが、それは決して勝利を意味するものではない。
俺たちがどれほど知恵を絞って被害を抑えても、背後では勇者の無慈悲な光が大地を刺激し続けている。
この世界の戦争は、勇者の剣では終わらない。
管理の網をさらに広げ、この理不尽な構造そのものを窒息させるまで、俺の戦いは終わらないのだ。
泥にまみれ、地図を握りしめる俺の指先は、怒りと使命感で白く震えていた。




