第14話:尻拭い
無能な指揮がもたらしたのは、地獄という名の混乱だった。
「伝統方式」による遠征軍は、魔王軍の追撃を受けながら、蜘蛛の子を散らすように敗走していた。
道は壊れた荷車で塞がり、負傷者が泥の中で呻き、指揮官たちは責任をなすりつけ合ってパニックに陥っている。
「もう終わりだ……。王国軍はここで全滅する……」
絶望が戦場を支配しようとしたその時、後方から整然と進軍してくる一団があった。
それは、豪華な鎧も輝く魔法の杖も持たない、地味な灰色の服を着た集団。
俺が率いる、雑務課の救援部隊だ。
俺は真っ青な顔で震えるヴァルムを視界から外し、サニアとレオンに指示を出した。
「尻拭いを始めるぞ。レオン、お前の部隊は第三地点までの退却経路を確保しろ。道を塞いでいる荷車はすべて谷底へ叩き落とせ。一秒の遅れが十人の命取りになる」
「了解だ! 道を開けろ! 雑務課の通り道だ!」
俺たちが最初に行ったのは、戦闘ではない。**「動線の整理」**だ。
パニックで逆走する兵士を誘導し、逃げ道を一本化する。
同時に、サニアが負傷者の「優先度」を瞬時に判断し、搬送ルートを確保していく。
「動ける者は左へ! 重傷者は右の荷車へ! 止血が終わった者から順に下がって!」
彼女の鋭い指示が、死に体だった軍に再び脈動を与えた。
そして、俺が最後に行ったのは、**「供給の再接続」**だった。
予備として密かに用意していた補給物資を、もっとも疲弊している前衛部隊に叩きつけるように届けた。
届いたのは、温かいスープと、真新しい弓弦、そして研ぎ澄まされた予備の剣だ。
「……えっ? 補給? この状況で、飯が届いたのか?」
一人の兵士が、震える手でスープの器を受け取った。
胃に落ちる熱い液体が、死にかけていた生存本能を呼び覚ます。
武器を手に取り、装備を整え、自分が「守られている」ことを理解した瞬間、兵士たちの瞳から絶望が消え、猛烈な怒りと闘志が燃え上がった。
「雑務課、準備は完了したか!」
一人の騎士が、新しく支給された剣を抜き放ち、俺に向かって叫んだ。
俺は手帳を閉じ、冷静に頷いた。
「ああ。退却路も、負傷者の受け入れ態勢も、予備の装備もすべて整っている。お前たちが負ける理由は、もうどこにもない」
その言葉を聞いた瞬間、数千の兵士たちが地響きのような咆哮を上げた。
「……戦わせてくれ! 準備が整っているなら、俺たちは勝てる!」
「死なせない仕組みがあるなら、いくらでも戦ってやる!」
それは、個人の勇気ではなく、組織への信頼が生んだ真の士気だった。
崩壊寸前だった遠征軍は、雑務課という「背骨」を得たことで、世界最強の戦闘集団へと変貌を遂げた。
俺は、逃げ腰のヴァルムを一瞥し、心の中で呟いた。
管理を侮る者に、勝利の女神が微笑むことは二度とない。




