第13話:旧式遠征の崩壊
「これこそが、王国千年の歴史が証明する真の軍勢だ」
宮廷貴族ヴァルムは、城門に並ぶ騎士たちを見下ろし、満足げに鼻を鳴らした。
今回の遠征において、彼は一つの厳命を下していた。
「雑務課の作成した書類、計画書、目録のすべてを使用禁止とする」
かつてのような、勇猛果敢な騎士たちが勘と度胸だけで突き進む「伝統方式」への回帰。
主人公である俺は、地下の窓からその行軍を眺めることしか許されなかった。
サニアが隣で、祈るように手を組んでいる。
「……本当に行っちゃった。あんなに装備もバラバラで、予備の食料も積んでいないのに」
「彼らにとって、予備を持つことは『退路を断っていない』という甘えに見えるらしいからな」
だが、現実は精神論ほど美しくはない。
遠征が始まってわずか三日目。俺たちの手元に届く「非公式の伝令」が、戦場の惨状を伝え始めた。
まず起きたのは、致命的な補給の遅延だった。
「なんとなく」で詰め込まれた荷車は、重すぎてぬかるみに嵌まり、後続の進軍を完全に止めた。
どの荷車に何が載っているか誰も把握していないため、最前線の兵士には「予備の矢」ではなく「儀礼用のワイン」が届くという喜劇じみた悲劇が起きた。
次に起きたのは、命令の錯綜だ。
共通の合図を廃止し、大声での指示に戻した結果、戦場の怒号の中で命令は霧散した。
右翼は前進し、左翼は後退する。
連携を失った部隊は、魔物を前にするまでもなく、自らの混乱によってバラバラに引き裂かれていった。
「……助けてくれ! 誰が予備の盾を持っているんだ!」
「知らん! バートがいれば分かったはずなのに!」
現場からは悲痛な叫びが上がる。
だが、バートのような「すべてを把握していたベテラン」はもういない。
そして、それを補うための「手順書」は、ヴァルムの手によって焼き捨てられていた。
結果は、見るに堪えないものだった。
魔軍との本格的な交戦に入る前に、王国軍は自滅した。
空腹と疲弊、そして味方への不信感。
かつて雑務課が取り除いたはずの「組織の病」が、以前よりも凶悪な形で再発していた。
命からがら城に逃げ帰ってきたのは、出発した時の半分にも満たない負傷兵たちだった。
豪華な馬車で真っ先に逃げ戻ったヴァルムは、真っ青な顔で震えている。
「……何が起きたのだ。我らは伝統に則り、勇敢に戦ったはずだ……」
その横を、動かなくなった戦友を担いだ兵士たちが通り過ぎる。
彼らはヴァルムを見向きもしなかった。
ただ一人、地下の窓際でこちらを見つめている俺に向かって、血に汚れた手で小さく敬礼を送った。
彼らは理解していた。
自分たちを殺しかけたのは魔物ではなく、**「管理を放棄した無能な上層部」**であることを。
俺は手帳を閉じ、サニアに告げた。
「サニアさん、倉庫を開けよう。……今からが、俺たちの本当の仕事だ」
壊滅した軍を立て直せるのは、もはや剣でも魔法でもない。
ゴミ溜めと呼ばれた雑務課の、冷徹で正確な「数字」だけだった。




