第12話:嫌がらせ査察
雑務課の地下室に、軍靴の音ではなく、高価な靴が床を叩く不快な音が響いた。
宮廷貴族ヴァルムが、数人の部下を連れて「特別査察」に乗り出してきたのだ。
その目的はただ一つ。目障りな雑務課に不備を見つけ、解体に追い込むことだ。
「……ほう、これが噂の『戦わない司令部』か。ただのゴミ溜めにしか見えんがな」
ヴァルムは鼻を鳴らし、俺が整理したばかりの棚卸し表を指先で弾いた。
「まず、この書類の多さは何だ? 古来、王国の報告は羊皮紙一枚に簡潔に記すのが作法。これほど細かく数値を書き連ねるのは、事務能力の欠如を隠すための誤魔化しではないのか?」
俺は無言で頭を下げる。反論しても無駄だ。彼は最初から「結論」を持ってきている。
「形式もなっとらん。伝統的な叙事詩形式の報告ではなく、表や図ばかり。それに、物資の配分を決定するのは財務官の権限だ。雑務課が勝手に効率化などと称して動くのは、明確な権限逸脱である!」
難癖は止まらなかった。備品の保管方法、兵士への配布基準、さらには清掃の頻度に至るまで、彼は「伝統」という盾を使い、俺の仕事を否定し続けた。
だが、査察が進むにつれ、ヴァルムの表情から余裕が消えていった。
倉庫へ向かえば、そこには埃一つない床と、どこに何があるか一目でわかる完璧な配置があった。
「……たまたま片付けただけだろう」
部隊の訓練場へ向かえば、そこには交代制を導入したことで、疲弊することなく高効率で修練を続ける兵士たちの姿があった。
「……見せしめに無理をさせているに違いない」
そして、前線の補給所へ向かえば。
そこには、到着予定時刻の数秒の狂いもなく、完璧な状態で届けられた食料と装備を受け取る、活気に満ちた兵士たちがいた。
「……」
ヴァルムは絶句した。
どこを見ても、非の打ち所がない。
かつて彼が「管理」していた頃の、物資が消え、兵士が飢え、書類が紛失していた混沌とした状況とは、あまりにもかけ離れた「異常なまでの秩序」がそこにはあった。
この組織は、機能しすぎている。
だが、ヴァルムはそれを認めるわけにはいかなかった。
ここで雑務課を認めれば、これまでの自分たちのやり方が「無能」であったと認めることになるからだ。
「……やはり、怪しいな。裏で禁忌の魔術でも使っているのだろう。この査察の結果は、後ほど正式に報告させてもらう」
ヴァルムは顔を赤くし、逃げるように去っていった。
認めればいいものを、彼は己のプライドを守るために、さらなる泥沼へと足を突き入れた。
俺は彼の背中を見送りながら、手元のリストに新しい項目を書き加えた。
「リスク管理:無能な上官による妨害工作への対策」
勇者になれなかった俺の戦場は、魔王軍の目の前だけではなく、この腐りかけた城の内部にも広がっていた。




