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勇者になれなかった俺、配属先の「雑務課」で世界最強の組織を作ってしまう  作者: 限界まで足掻いた人生
雑務課 業務日誌総括

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第101話:排除

深夜の残業から数時間。仮眠室の硬いベッドで体を休めた後、俺が再び執務室のデスクに戻ると、そこにはミラによって更新された王都の全景マップが映し出されていた。


昨日までの地図と決定的に違うのは、街の至る所に鮮やかな色彩の境界線が引かれていることだった。かつては人族、エルフ、ドワーフ、獣人が混ざり合って暮らしていた広場や商店街が、今はまるで細胞分裂を繰り返したあとのように、種族ごとに明確なクラスターを形成している。


「係長、最新の都市居住動態レポートです。この一ヶ月で、異種族間が隣接する住宅の解約率が八十パーセントを超えました。住民たちは自発的に、同種族が多数を占める区画へと移動を開始しています」


ミラの指が空中でスライドすると、特定の区画が強調された。

西門付近は獣人、北の旧市街はエルフ、工業区はドワーフ。そしてそれ以外の利便性の高い中心部は人族。


「自発的、か。聞こえはいいが、要するに互いへの不信感が限界に達して、物理的な距離を置こうとしているだけだろう」


俺の呟きに、サニアが新しい法案の束を抱えて歩み寄った。


「事務的な観点からは、この傾向を『都市機能の最適化』と定義しました。各種族の文化に合わせた生活インフラを局所的に集中させることで、資源配分の効率は飛躍的に向上します。例えば、エルフ居住区には魔導ろ過装置を、ドワーフ区には高出力の鍛冶用配線を。これにより、全域に過剰な設備を敷くコストを三割削減できます」


サニアの言葉に嘘はない。彼女が作成した「都市調和維持法」という名の書類によれば、これは差別ではなく、住民の利便性と安全を第一に考えた「適切な配置」とされていた。


「これでは隔離じゃないですか」


コーヒーを運んできたカイルが、モニターの地図を見て顔を曇らせた。

「エルフの区画に入るには、人族の通行許可証が必要になったと聞きました。ドワーフの居住区には、夜間外出を制限する検問所が作られている。みんな、同じ平和な街の住人だったはずなのに、これじゃあまるで、見えない壁で閉じ込めているみたいだ」


「カイル、言葉を選べ。これは隔離ではない。行政上の『リスク管理』だ」


俺はあえて冷徹な声を出し、ペンの後ろで地図の一点を指した。

「異なる種族が隣り合えば、生活習慣の違いから摩擦が起きる。摩擦が起きれば、先日のグレス・ヴァルのような『事故』に発展する可能性がある。それを未然に防ぐために、種族別の居住区を推奨し、境界に管理局の職員を配置する。これは平和を維持するための、最も低コストで確実な手段なんだ」


「でも、これじゃあ……お互いのことを何も知らないまま、ただ隣に誰がいるのかを怖がって生きるだけになります。そんなの、本当の平和じゃないですよ」


カイルの真っ直ぐな瞳が俺を射抜く。

事務屋として、その問いへの答えは既に用意されていた。


「平和とは、争いが起きていない状態を指す。人々の心が通じ合っているかどうかは、俺たちの管轄外だ。もし彼らが混ざり合って殺し合うというなら、俺たちは彼らを分けて、安全に生かし続ける。たとえそれが、無機質な檻の中であってもな」


俺はサニアが持ってきた法案に、無造作に承認のサインを書き込んだ。

ペンの先から流れるインクが、物理的な壁よりも強固な「制度という名の境界線」を王都の地図上に固定していく。


「事務処理、完了。これより、各居住区の境界に『安全維持ゲート』の設置予算を承認する。名目は、各種族の文化的伝統を保護するための『居住環境保全事業』だ」


ミラの報告と共に、地図上の境界線がさらに太く、鮮明に描かれた。

世界最強の部署が下したこの決断により、王都は数千の小さな、しかし越えられない孤独な小部屋へと分割された。


部屋の隅で、ずっと窓の外を見ていた勇者が、低く唸るような声を出した。


「……事務屋。俺は魔王を倒したとき、種族の垣根を越えて、みんなで手を取り合って笑う世界を夢見ていた。でも、お前が作っているのは、誰もが誰にも干渉せず、ただ静かに老いていく、死んだような静寂だな」


「英雄の夢を管理するのは、俺の仕事じゃない」


俺は勇者を一瞥し、次の書類を手に取った。

「俺の仕事は、この大陸から『戦争』という名の赤字を消し去ることだ。そのためなら、世界を何万もの箱に切り刻んででも、平和という数字を維持してやるよ」


窓の外には、美しい夕焼けが広がっていた。

だが、その光に照らされた王都は、もはや一つの巨大な共同体ではなく、互いを拒絶し合う冷たい石の集合体に変貌していた。


「差別ではない。排除でもない。ただの不備の修正だ」


自分に言い聞かせるように呟いた俺の言葉は、完璧に調律されたエアコンの風にかき消された。

ペンの音だけが、静かに、しかし残酷に、誰もいない廊下に響き続けていた。

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