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【ダークファンタジー】マガツカ ―絶世の美貌は、バット一本で禍を穿つ―  作者: 真柴 零


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5/5

幻夢の残滓、警笛を鳴らす黒猫

土蜘蛛を粉砕した一撃は、重苦しく淀んでいた空間の境界をも食い破った。  バリバリと視界がガラスのように割れ、生理的な嫌悪感を煽る紫の霧が、夜風に押し流されていく。


 気がつけば、零は元いた寂れた商店街の路地裏に立っていた。  アスファルトの硬い感触、遠くで聞こえる深夜の走行音。ようやく禍々しい領域を抜けたのだという実感が、肌を刺す空気と共に伝わってくる。


 だが、安堵は長くは続かなかった。  左腕一本で強引に支えている悠真の体が、あまりにも冷たく、そして『軽い』のだ。


「ちょっと、いつまで寝てんのよ」


 零は、預けた悠真の重みに眉を寄せた。  さっき一瞬だけ反応した悠真の言葉。お風呂という単語に反応し、いつものように顔を赤らめて毒づいたはずの幼馴染。だが、その直後にガクンと膝をついた彼は、先ほどよりも一層、ただの『モノ』に近い質感を帯びていた。


「……ねえ、ルナ。こいつ、ちっとも起きないんだけど」


 背後にいたルナ(偽物)が、慈しむような嘘の笑みを浮かべて悠真の頭を撫でる。


「……大丈夫よ、零。慣れない異界で疲れ果てただけ。少し休ませれば、すぐにいつもの彼に戻るわ」


「そう……? さっき喋ったし、大丈夫よね」


 零は拭いきれない違和感を覚えながらも、商店街の入り口にある古い神社の境内に、わずかながらの清浄な気配を感じ取った。


「……いいわ。こんな重いもの引きずって歩けない。一旦、安全な場所に置くわよ」


 零は神社の拝殿の横、雨露を凌げる軒下に、悠真の体を横たえた。  「ここで待ってなさい。……あんたの『中身』、私がぶっ叩いて連れ戻してやるから」


 一人、闇に包まれた参道を通りへ向かって歩き出す。  カツ、カツ、とローファーの音が静まり返った街に響く。  その時だった。


「――そこから離れて! 早くっ!」


 鋭い声が頭上から降ってきた。  街灯の天辺から、一匹の黒猫が音もなく飛び降りてくる。艶やかな毛並みと知性に満ちた金色の瞳。紛れもない、本物の猫だ。  黒猫は零の前に立ちふさがり、毛を逆立てて背後を威嚇した。


「あんた……何? 猫が喋ってんだけど」


「零、気にしないで。そいつはただの野良猫よ。出口はあっち。あの路地の先が現実への近道だわ」


 背後の偽ルナが、急かすように暗い路地を指し示す。  零は不信感を抱きつつも、ルナの言葉に従い歩き出した。偽ルナは悠真の体を背後から支えるようにして、零を暗がりへと誘う。


 だが、その路地に足を踏み入れようとした瞬間、空間が爆ぜた。


「――いい加減にしろ、その薄汚い手でそいつらに触れるな!」


 轟音と共に、路地の奥から放たれた霊力の奔流が、零の隣にいた偽ルナを直撃した。  偽物のルナは衝撃で後方へと吹き飛ばされ、同時に彼女が支えていた悠真の体が、するりと地面へ落ちる。


「な、なになに!? 今度は何なのよ!」


 爆煙の中から、さらに不機嫌そうな顔をした、本物のルナが姿を現した。


「零、あんたね……。ちょっと目を離した隙に、あんな見え透いた化け物に騙されるなんて、バット振り回してるだけの筋肉脳なの?」


「……え、ルナ? あんた、本物? でも、さっきまで一緒に……」


 零は混乱し、地面に力なく転がった悠真と、本物のルナを交互に見た。


「ねえ、ルナ。悠真が変なのよ。さっき、私のお風呂の誘いにちゃんと反応して喋ったのに、今は全然起きないの。これ、どういうこと?」


 本物のルナは、冷ややかな視線を地面の悠真に投げかけ、吐き捨てるように言った。


「……零。期待させて悪いけど、それはただの反射だよ。魂を抜き取られた体は、強烈な記憶や刺激にだけ、神経が勝手に反応することがある。例えるなら、首を落とされた鶏が走り回るようなものさ」


「反射……? じゃあ、あいつは?」


「今の彼は、中身のないただの抜け殻。さっきの言葉は、彼の魂が最後に残した残響に過ぎないよ。それよりもあいつをどうにかしないといけないね」

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