依代の残滓、羅刹のフルスイング
ルナの気配が霧に消えた。
後に残されたのは、粘りつくような紫の霧と、生理的な嫌悪感を煽る死臭。
零は、股下ギリギリまで切り詰めたチェックの超ミニスカートから伸びる美脚を翻し、ひび割れたアスファルトを踏みしめた。腰の位置が高い韓国アイドル風の着こなしが、この不気味な異界で鮮烈なまでの美を放っている。
ふと、電線に吊るされた街灯が狂ったように点滅した。その光の下、道の中央に座り込む影が見える。
「……悠真!」
そこにいたのは、放心状態で力なく座り込む悠真だった。
ひょろひょろとした頼りない体は、真っ黒な呪いの縄で縛り付けられ、その瞳は虚空を見つめたまま焦点が合っていない。
「なになに……? 悠真、しっかりしなさいよ!」
零が駆け寄ろうとした瞬間、悠真の背後の空間がバリバリと裂けた。
這い出してきたのは、巨大な蜘蛛の胴体に無数の老婆の顔が貼り付いた怪異――土蜘蛛。
『……ホホ、良イ器ダッタ。魂ノ抜ケタ「用済ミ」ノ殻ヨ……』
空間の裂け目に座る「儀式の主」が冷酷に嗤う。
土蜘蛛が、悠真をゴミのように片付けるべく、鋭い脚を槍のように振り上げた。
なになに? なんなの?
理解不能な怪異。理不尽な光景。
土蜘蛛から放たれた無数の糸が、零の制服に絡みつき、チェックのミニスカートの裾を這い上がろうとする。耳元では、数千の老婆が呪詛を吐き散らすノイズが響き渡る。
『次ハ……貴様ヲ……』
ぬるりと伸びる無数の脚。
ピクリとも動かない、ボロボロの悠真。
――ぎゃあああああああああああああああ!!!!
土蜘蛛が勝利を確信し、咆哮を上げた。
それが、零の「不機嫌」の導火線に火をつけた。
「……あー、もう。さっきから『なになに』って、わけわかんないことばっかり! マジでイライラするんだけど!」
ドォン! 零の周囲で黒い霊圧が爆ぜた。
絡みついていた糸が、一瞬で消し炭になる。
零の背後に、天を突くほどの巨大な鬼の幻影が、彼女と同じポーズでバットを構えた。
「私のからかい相手を勝手に使い捨てて……よくそんな醜い面で笑えるわね」
零はローファーを深く踏み込み、バットを滑らかに構える。超ミニの裾が風を切り、無敵の美脚が地面を爆ぜさせる。
「おりゃぁぁあああ!!!!」
ズガァァァァァァァァン!!!!!
霊力の塊となったバットが、土蜘蛛の巨躯を、そして上空の儀式の主を、空間ごと真っ二つに粉砕した。
衝撃波で異界の霧が瞬時に晴れる。
土蜘蛛の断末魔――「ぎゃあああああ!!」という絶叫が響き渡る中、零はバットを担ぎ直し、崩れ落ちるひょろひょろの幼馴染を、左腕一本で強引に支えた。
「ちょっと、いつまでボーッとしてんのよ悠真。……さあ、今からあんたん家によって一緒にお風呂入って、おかあさんのたのんでいたおまもりをもらってから帰るのよ!」
わざと顔を近づけて、とんでもない提案を投げかける。
すると、放心状態だった悠真の肩がビクッと跳ね、焦点の合わなかった瞳にみるみるうちに驚愕が戻ってきた。
「えっ……!? れ、零……お風呂って、お、お前もう高校生だろ、そんいうこというなよ、そういうところがなけりゃぁ美人……」
そういうと、悠真は意識を失った。
絶世の美貌に不敵な笑みを浮かべ、零はひょっこり戻ってきたルナを横目で睨んだ。
『……ふふ。今のスイング、最高にクールだったよ』
「……あんた、次は置いていったら本当にバットで折るからね、さあ、出口を探すわよ、ルナ、こいつをお願いね」




