プロローグ
薄暮が迫る放課後、人通りの少ない裏路地。女子高生、神楽坂 零は、今日も一人、金属バットを肩にぶら下げていた。
零は別に不良ではない。ただ、彼女には、他の誰にも見えない『穢れ』と『歪み』が、この街にはびこっているのが見えていた。人々が感じる漠然とした不安、不穏な空気、そしてふとした瞬間に感じる悪寒。それらはすべて、『禍津』と呼ばれる異形の存在が生み出すものだった。
その日も、零の鼻腔を、ひどく不快な生臭さと錆びた鉄の匂いが刺激した。路地の奥から、ぬるりとした影が滲み出す。それは、人間の恐怖や絶望を糧に膨張する『蠢』と呼ばれる下級の禍津だ。半透明で不定形、触れるものを溶かすような粘液を垂らしながら、ゆらゆらと零に近づいてくる。
「ちっ、こんな場所で道草とは趣味が悪いねぇ、アンタら」
零は肩のバットを握り直し、舌打ちした。彼女のバットは、ただの金属ではない。祖母から受け継いだ、古来より悪しきものを祓うとされる特殊な加工が施された『破邪ノ鉄棒』。そして、零自身が生まれ持った強い霊力が、そのバットを介して増幅される。
蠢が身をくねらせ、悪意を込めた黒い粘液を吐き出した。地面のアスファルトがジュッと音を立てて溶ける。
「汚ねぇな!」
零は軽やかに跳び、粘液を避ける。そして、躊躇なく金属バットを振り抜いた。
「うりゃぁぁぁぁ‼」
その一撃は、単なる物理的な打撃ではない。バットが蠢の半透明な体に叩きつけられると同時に、零の霊力が青白い光となって炸裂し、蠢の内部を根こそぎ破壊していく。
奇妙な悲鳴を上げながら、蠢はみるみるうちに霧散し、悪臭だけを残して消え去った。
「やれやれ、この街もまだまだ浄化が必要だな」
零はバットを元の肩に戻し、フンと鼻を鳴らした。彼女の戦いは、今日始まったばかりではない。そしてこれからも、この街に潜む禍津を討伐し続ける日々が続くのだ。
これは、強気な女子高生が、見えない脅威から日常を守るために、己の霊力と一本のバットで戦い続ける物語である。




