迷いに突き付ける。
生まれた環境に文句は言わないけど、たまには叫びたい時がある。
平日の真っ昼間。人目も憚らず近所の小学校の通学路を歩く。
「明日は、仕事じゃないの?そろそろ、帰ろう?」
ただただ歩き続ける僕に姉は少しほほえで問いかける。
「そうだね、明日は仕事だからこれくらいにするよ」
そう言うと、姉は僕の家まで手を引いて連れて行ってくれる。いつからだろうか、ぼんやりして生きるようになったのは、グラウンドから聞こえる小学生達の活発な声に、思わず自身にそう問いかけたくなる。自然と小学生を束ねる先生に目がいく。先生じゃない?
〜♪…電話がなった。
「はい…高橋です。…はい、はい分かりました。…お世話様です」
聞き覚えのある着信音に、おわず立ち止まっていた家電量販店の店員さんに話しかけられた。
「かずふみじゃないか!!お前大丈夫なのか…無理してないか?清羅ちゃんのことは…残念だったな。」
店員さんは、僕の言葉を待たずに悲しそうな顔で話し続けた。僕はこの人が誰だか見当もつかなかったけど、悪い癖で相手に合わせてしまった。
「はい…あの……お久しぶりです。大丈夫ですよ!」
「それなら、いいんだけどよ。最近ここらへんでよく歩いてるの見てるとなんだか心配でよ。」
最近?何を言っているのだろう。僕は、今日突然思い立ってここに来た。そして、何も考えずに歩いていただけだ。この人は、誰なんだろう。なんでそんなに悲しそうな顔をするんだろう。
この人と話していると、なんだか嫌な焦燥感に駆られる。
「心配かけてすみません。ちょっと気分転換に歩いてただけで………」
お店の端にある自販の裏で身を隠すようにしている姉が目に入る。そうだった…
「すみません。今日はちょっと変えられなくちゃいけなくて…姉を待たせてるので、また」
この場から去りたい気持ちと、姉を待たせてるいることに気づいたので会話もかなりめちゃくちゃだが、その場を後にした。…しようとした時だった。
「姉…?かずふみお前何言ってんだ。………やっぱりお前っ!」
店員さんの顔が一気に引き攣っていき、まるで僕を幽霊でも見るかのように見つめる。何がそんなにおかしいんだ。そう思うやいなや。
「店長〜、すいません。お客様対応のほうお願いしてもいいっすかぁ〜。俺休憩に行くっす。」
「おっおう!少し待ってな、今行くから…あ、っおい!かずふ…」
アルバイトの人だろうか、店員さんの気が少しでもされた間に僕は走り出していた。僕の名前を呼ぶ声が遠ざかっていく。
「かずくん」
驚いて思わず、声を上げてしまった。走ることに夢中で忘れていたが、姉を追い越してしまった。そう思ったのに姉は僕の目の前にいた。
「ごめんね、何だか怖くなっちゃって隠れちゃった、早く帰ろ。お姉ちゃんはお腹が空きました!」
姉の顔を見ると、不思議と心が落ち着く。変なことがあったのに、いつも僕を安心させてくれるのは姉さんなんだ。姉さん?そうだ、僕は幼い頃から自分の姉は姉さんと呼んでいた。いつからだろう、姉と呼び出したのは、何故だろう。何故、いま目の前にいる姉を姉さんと呼ばないのだろう。何故、僕はこの人を知らないんだろう。姉さんの声はする。年に合わず幼い声でぼくの名前を呼ぶこの人は誰なんだ?
「清羅ちゃんのことは…残念だったな。」
あの店員さんの言葉を思い出す。次の瞬間、僕は声に出していた。
「あなたは、誰ですか?あなたはなんで、姉さんを知っているんですか?」
姉は少し微笑んで
「かずくんは、前に進みたいんだね…。お姉ちゃんは、もう少しだけ休んでもいいと思います。」
「なんで?いつお父さんが帰ってくるかもわからないのに!?」
自分でも何を話しているのかは、わからない。それでも、姉には言わずにはいられない。
「お父さんはもう帰ってこないでしょ?かずくんは、お姉ちゃんを守ってくれたんでしょ?ごめんね。気付いてあげられなくて、一緒にいてあげられなくて…。」
久しぶりみる姉の涙に言葉が詰まる。同時に、また電話がなる。僕のポケットからだ…知らない携帯に知らない番号〜0110。
「ダメっ!!」
姉の咄嗟の大声に驚き、手が止まる。
「その携帯には、お姉ちゃんが出るから大丈夫。かずくんは、気にしなくていいんだよ…」
「帰ろ、かずくん。お姉ちゃんと一緒に帰ろう。今度は、お姉ちゃん逃げたりしないから。」
初めて聞く、会話だ。ふとそう思った。いままで、姉と話したことは全てに聞き覚えがあった。
小学生3年生でも、まだクラスに馴染めずいじめられていて、学校への通学路で足を引きずっていた僕の手をとって家に一緒に帰ってくれた姉さんとの思い出。
帰り道に、落ち込んでいる僕を見て近くの家電量販店で寄り道をした姉さんとの思い出。
僕が登校しないのを不思議に思った先生が家電量販店まで探しにきてしまい、焦って店を出て自動販売機の裏に隠れた姉さんとの思い出。
今まで、歩いてきた場所全てに昔の思い出が張り付いている。そうだ、目の前にいる姉さんは僕の幻想なんだ。
…昔、姉さんは僕を気にかけてお父さんによく怒られていた。お父さんは、優秀な姉が劣っている僕に時間を使うことを許さなかった。お父さんは、いつも近所の周りの目を気にしていた。家に籠る弟たち、弟のせいで学校に通わない姉のことで恥ずかしかったんだろう。
「俺がお前達のせいでどんな目にあってるかわかるか?あ゛ぁ!!」
お父さんが帰ってきて、家にいる僕たちに次の瞬間、大声を出して荒げた。姉さんは咄嗟に僕を庇ったが、お父さんの平手が姉さんの頬を強く叩く。それでも、お父さんの怒りはおさまらず、姉さんはぶたれ続けた。あまりの恐怖に何もできない僕はただ、怯えて姉さんの後ろに身を隠すしかなかった。気がつくと、お父さんはいなくなっていて、傷だらけの姉さんが僕を抱きしめてくれた。
「姉さん大丈夫……僕のせいでごめんなさい…」
通り一遍搾り出してもこんな言葉しか出なかった
「気にしないの!お姉ちゃんは強いんです!かずくんが無事なら大丈夫。お父さんも許してくれたから!」
なんて強い人なんだろう。年も2つしか変わらないのに、ずっと怖かったろうに。姉さんにとって、僕の何が姉さんをそこまでさせるのだろう。僕が姉さんだったら僕を守っただろうか?僕にそんな勇気があるだろうか?自分の無力感でいっぱいの最中、僕を抱きしめてくれていた姉さんの手が床に着いた。
「姉さん?姉さん!」
震える声でようやく搾り出した言葉に姉さんが答えることはなかった。ぐったりとした姉さんの身体を全身で受け止めながら必死で姉さんを助ける方法を模索していた時だった。
「かずくん?大丈夫?」
姉さんが目を覚まして、掠れる声でそう言った。
「姉さん!」
僕は、精一杯の力で姉さんを二階の寝室にはこんだ。
意識もたえだえで虚な姉さんをやっとの思いで寝室で横にならせたころ、家の扉が開く音がした。ふと時間を見ると18:00になっており、お父さんが帰ってくる時間だった。慌ててドタバタしたせいだろう。帰宅したらお父さんは僕たちが二階にいることに気付き階段を登ってくるのがわかった。
姉さんを寝かせている寝室の扉を全力で閉めた。ただ、ひたすらに力一杯に締めた。
ガラっ!一瞬で体が扉の間方向に引き摺られた。
「何してんだ、お前。おい、かずふみ。清羅はどこ行った。」
目の前には、怒り狂った目で僕を見下ろすお父さんがいた。
「やめてよ!姉さんはもうボロボロなんだからやめて、起こさないで!」
お父さんが僕の後頭部を鷲掴みにして、
「だからっ!!清羅はどこ行ったって聞いてんだよ!」
一瞬で視界が暗くなり、鼻と前歯に激痛が走った。お父さんは床に僕を顔面から叩きつけた。
「なぁ、かずふみ…お前みたいな馬鹿でも分かるだろ?あんな傷だらけの清羅を近所の人が見たらどうなるか。わかるだろ?」
「早く言わねえと、もっかいいくぞコラ」
姉さんを守らなきゃ!と思うと同時に、姉さんは僕の後ろで寝てるのに何故気付かないんだろうと思った。
お父さんに掴まれながらも、姉さんの方に目線をやる。
姉さんはいなかった。寝かせたはずの姉さんはおらず。頭を掴むお父さんの手の力が強くなっていくのがわかり、これから起こることが僕でも容易に想像できた。僕は、姉さんの傷だらけの姿を思い出し、恐怖に怯えたのも束の間。子供の僕には、十分過ぎるほど強さで僕の頬を何度もはたき、拳をふりかざしたところで玄関から声が聞こえた。
「高橋さん?!ちょっと、大丈夫ですか?」
お父さんの声色がやわらぐ
「は、はい!今行きます…」
お父さんが階段を急いでおり、近所のおばさんと話している。
助かった…とと思った。ザザザと襖が開く音がした。痛みと恐怖で意識を失いそうになりながらも視線をうつすと、姉さんが襖を開けて出てきていた。隠れていたのだ。
「かずくん…大丈夫?ごめんね、お姉ちゃんやっぱり怖くて…また叩かれると思ったら怖くて、ごめんね…かずくんがぶたれてるのに、隠れててごめんね。」
安心した、姉さんが無事だったことと、姉さんも僕と同じで怖かったんだということに。
でも、安心もつかのま近所の人と話し終わったのだろう、怒りを隠しきれない足音が階段を登ってくる。お父さんだ。
僕も姉さんも怯えて動けなかった。せめて、姉さんだけでも守りたかった僕は再び姉さんに襖の奥の押し入れに入るように促すが
「あ…あぁ…嫌。ひっ、ひぐ………嫌ぁ゛!!!!!」
僕の声が届くより早く、お父さんが寝室まで来るより早く。姉さんは、寝室の窓を開け身を乗り出した。
直後にぶい音が外から聞こえた。
姉さんが窓から飛び降りた。近所の人たちが集まり、お父さんが警察に対応していた。それから、僕は何が何だかわからない日々を探した。
お父さんは、毎日家でうつむき、電話に出てわ家をでていき、帰ってきたは電話に出ていた。
「かずくん!」
姉さんの声で我に帰った。そうだ、全部思い出した。あの時、姉さんは寝室の窓から飛び降りたが奇跡的に助かったのだ。それから、心と身体を壊した姉さんはそれから何年も入院を続けた。
数年後、僕が中学校を卒業するくらいの時に姉さんが退院し、お父さんと暮らして家からは遠く離れた、母さんの実家に僕が高校を卒業して働くまで、面倒を見てもらった。
退院はしたものの、姉さんの壊れた心は治らず、話すこともできなくなっていた。それでも、生きているならそれでいいと、そう思ってた。これからは、僕が姉さんの車椅子を押し続ければいい。
高校を卒業して、新天地で就職してから半年が経った頃。何年も口を開かなかった姉さんが僕の帰宅してから開口一番にこう言った。
「か…ずくん、ころ…し…て、」
今まで、見ていた姉さんの姿がみるみる変わっていく、回復に向かっているように見えた姉さんの姿は、僕の願望であり妄想であったと気づく。姉さんの目はもはや、生きる気力を失っており、顔も実年齢より10歳は年老いて見えていた。気付かなかった…いや気付かないふりをしていたんだ。姉さんを失いたくなかったから。姉さんの気持ちも考えずに僕は姉さんに、僕の理想を押しつけていたんだ。
「姉さん…心配しないで。」
夕焼けの日差しが、消え全てが暗闇に包まれながら僕は姉さんの首を締め続けた。
姉さんを殺したあとに気がついた。姉さんの車椅子の周りに包丁が落ちていた、よく見ると姉さんの首には鋭利なもので切られたような跡があった。薄皮が剥がれていた程度だったが、姉さんは力を振りぼって自らの命を経とうとしたのだろう。
亡くなった姉さんを庭に埋めてから、数日経った。仕事場からの電話が何本も入っている。
「僕もやらなきゃいけないことは、やらなきゃ」
電車にのり、外を眺めていると対面の座席に姉が座っていた。
「あなたは、誰ですか?」
その問いかけに姉は
「帰ろ?かずくん。明日は仕事でしょ。」
いや、僕は後悔しないししていない、僕がした選択にこれからする選択に。あなたは、僕の姉さんじゃない。僕の弱い心が僕に姉さんのように見せてるだけなんだ。
そう心に言い聞かせ、ながらも姉さんの声を発する目の前の姉とは話さずにはいられなかった。
そうしてるうちに、昔住んでいた場所に着いた。
ただ、ひたすらぼんやり歩いた。通学路を歩き続けてポケットの中で包丁を握り。小学生のグラウンドから教室に戻るであろう小学生たちの活発な声に聞き、なにをぼんやりしているんだと自信に問いかける。
電話が鳴った。何度も聞いた聞き覚えのある着信音。何もわからない日々に姉さんを失った後に聴き続けた音。子供達を印刷する先生と、その近くで小学校の敷地内を掃除する用務員。
電話に出た用務員の声を聞き、じっと見つめて包丁を再度握りしめる。
ただひたすらに綴ってしまいました。支離滅裂すみません。