5 冷淡姫は打ちのめされる
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そしてイリアネの予想は、当たってしまった。
そこに参加する令嬢たちは見事なまでの嫌味を連発、イリアネはいつも通りそれらを無視して出されたお茶を楽しみつつ絵画に目を向けていたものの、やはり物事はそれで終わらなかったのである。
最初はまだマシだったのだ。
イリアネを無視するか陰で笑う、当てこすりのようにマリアンナにだけ話しかけ、楽しそうなところを見せつける……などそういったことであれば。
彼女たちとてマリアンナの出自や、第二王子に気に入られている点はさぞかし気に食わないことだろう。
だが直接的にマリアンナを傷つけ、それによって第二王子の不興を買うことは彼女たちにとってより望ましくない展開だ。
その上、イリアネは知っていた。
今回の会場、そして絵画を提供した家のご令嬢がアリオスを狙っているという話を耳にしたのだ。
アリオスの家、グラーヴィス家が彼の婚約者を探している時は〝平民出身だから〟と断ったというのに、実際に王子に気に入られるまでの騎士になったら途端に惜しくなったというわけだ。
勿論、彼の見目も気に入ってのことだろうとはイリアネもわかっている。
ただそれだけならば良かったのだ。
適当にあしらいつつ時間が過ぎるのさえ待てば、美術品に罪はないし十分に目で楽しめる時間となっただろう。
幸い、茶も茶菓子もとても美味であったし、マリアンナも彼女たちの態度に困惑を示してはいるものの、イリアネに対する態度以外では仲良くできているようであったから。
ところがそうはいかなかった。
悪意はやはりマリアンナにも向けられてしまった。
「イリアネ嬢、これはいったい……!」
「アリオス様……」
泣き濡れるマリアンナ。
それを支えるイリアネ。
彼女たちを迎えに来たアリオスの目は、泣くマリアンナに向けられていた。
泣きじゃくるマリアンナはとにかくイリアネに悪いことをした、申し訳なかったとそればかり。
なんとか宥めて迎えの馬車に乗せ、彼女の養親たちのところには説明の機会を後日設けさせて欲しいとイリアネが御者に伝言を頼む。
「アリオス様、マリアンナ様のことを送ってくださいませ」
「……どうして彼女は泣いていたんだ」
「その説明は後日必ず。今は……心細いでしょうから、貴方様が傍にいればきっと安心できますわ」
「イリアネ、俺は君を頼みにしていたのに、どうしてこうなったのかと聞いているんだ!」
責められる言葉にハッとしてイリアネが思わずアリオスを見れば、アリオスも自分の言葉にギョッと驚いたような様子を見せていた。
「いや、違う。そうじゃない。彼女が早く一人前になって、王子と結ばれてくれれば俺たちは……」
「……」
アリオスが慌てたように早口でそう言った。
イリアネは、それに対してなんとも複雑な気持ちを覚える。
(……わかっているわ。アリオス様は、第二王子の騎士。マリアンナ様と殿下が結ばれれば、彼女との仲を取り持った功績でアリオス様は更に重用されるでしょうね)
貴婦人たちの中を上手く泳いで渡れるようになるには、どうしたってマリアンナは経験も知識も足りない。そして、覚悟も。
ただの幼馴染みであるアリオスがそれらを補えるわけもなく、幸いにもその点を手伝えるイリアネという存在がいた。
そのおかげもあって少しずつ、社交に対しても前向きになったマリアンナがこのまま王子妃になれば……という野望が彼の中にはあったのだろうとイリアネは考える。
平民出身でありながら実力を認められ、王宮騎士になった。
それだけでなく王子に重用されるだなんて、誰もが憧れる成功体験となり、そして未来を夢見る若者たちの指標にもなることだろう。
アリオスは、そうした夢を彼らに見せ続けるためにも、努力を重ねているようだったから。
だがイリアネは気づいてしまった。
いいや、前から気づいていた。
別に、婚約者はイリアネでなくてもいいのだ。
マリアンナの性格を受け入れることができる令嬢は他にもいるはずで、むしろ愛想もなくただ相槌を打つばかりのイリアネよりもずっと適した友人がどこかにはいるはずだ。
おそらく、アリオスという接点がなければ二人は出会うことすらなかったのだし、もし社交の場ですれ違っても挨拶をして終わる程度の関係にしかならなかったことだろう。
「……失望させて、申し訳ございません」
アリオスの後ろ盾、そしてマリアンナの友人。
その二つがなかったら――自分には、どれほどの価値が残るのだろうかとイリアネはそっと目を伏せる。
「違うっ、俺は……」
「いいえ、いいえ……大丈夫ですわ、アリオス様。私に気を使う必要はございません。どうぞ、マリアンナ様のところへ行って差し上げて」
「違う、イリアネ、俺は……」
「わかっております。……でも、その優しさは、今の私には」
イリアネには、もうそう言うことしかできなかった。
それ以上言葉を紡げば、心が折れてしまいそうだった。
アリオスは何を言いかけたが、上手く言葉が見つからなかったのだろう。
伸ばしかけた手をギュッと握りしめて、苦々しい表情で『明日、会いに行く』と彼にしては珍しくか細い声でそう言ったのだった。