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冷淡姫の恋心  作者: 玉響なつめ


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3 冷淡姫は不安になる

 三人で過ごすことが増え、ただ静かな時間が流れるだけだった茶席はすっかりマリアンナが喋る賑やかな場へと変わっていた。

 とはいえイリアネはそこに不満は抱いておらず、アリオスの方が逆に恐縮するほどだったけれども。

 

 ちなみに例の、令嬢たちと疎遠になった虫について熱く語っていた件だが、あれはマリアンナなりに令嬢たちと打ち解けようと思った結果だったらしい。


「そのご令嬢が蝶のブローチをしていらっしゃったので、お好きなのかなあと思って……」

 

 悪気はないのだ。

 マリアンナという少女はどこまでも真っ直ぐで、研究者気質なのだなとイリアネは納得する。


(でもこの性格ではきっと社交界には馴染めないでしょうね……)


 自分のように事なかれで放置しておくのも一つの方法だが、何もせずただジッとしているのはマリアンナの性には合わないようだとイリアネは感じていた。

 人の顔色を見て直接的な話題を避けつつ、嫌味やマウント合戦をすることもある……そんな場所に純粋なマリアンナは息苦しさを覚えるのではないだろうかとイリアネは心配になったものだ。


 マリアンナはそれこそ、野山を駆けまわって好きなだけ研究した方がずっと彼女の魅力を引き出せるに違いない。

 ただ人形のように大人しく微笑むのがよしとされる貴族令嬢のそれよりも、彼女は快活に笑っていた方がずっと魅力的だとイリアネはそう思う。


「マリアンナ様は研究の才を認められて養子になられたのでしょう? なら無理に社交をしなくてもいいのでは……」


「本人がやる気を出しているのだから、いいんじゃないのか」


 マリアンナが同席するようになってから良かったことはいくつかある。

 

 おしゃべりな彼女につられるように、イリアネもアリオスも会話が増えたことだ。

 といってもイリアネが疑問を一つ投げかければマリアンナが十喋るといった調子なので、ほとんど会話としては相槌と言った方が正しいのかもしれないが。


 それに伴ってそんなマリアンナを宥めたり制止しようとアリオスは声をかけているうちに、彼はもう取り繕うのは無理だと素の調子でイリアネの前でもしゃべるようになった。

 アリオスはアリオスなりに、深窓の令嬢であるイリアネを怯えさせないよう、できる限り丁寧な口調を心掛けようとした結果、黙りこくってしまったというわけだ。

 

 取り繕うのを止めたアリオスはマリアンナを挟んでではあるものの、イリアネともきちんと会話をしていた。


 ただどちらかといえば手のかかるマリアンナを気にしている様子が見て取れて、それに対してイリアネは少しだけ胸が痛むのだけれども……実際にマリアンナを前にしていると、その貴族令嬢としては馴染めなそうな程の元気の良さ、というものには確かに不安を覚えるところではあったので、文句を言うなど頭にもない。


 その中で、どうしてもというか……関係性の問題なのだろうか?

 イリアネの目から見ても、マリアンナに対するアリオスの過保護さが目立つようになったのである。


 これにはそれなりの理由があった。

 

 マリアンナは研究成果を上げ続けていた。

 そのことで王室に認められ、彼女は養親と共に王城に招かれ、なんと国王からお褒めの言葉を直接もらうという栄誉を賜ったのである。

 その際、社交に不慣れでかつ研究に対しては目を煌めかせるマリアンナの存在は、この国の第二王子の心を捉えてしまったのだ。


 そうしてマリアンナの世話を焼く幼馴染みのアリオスが騎士であると知り、第二王子はアリオスを自身の騎士として取り立てた。


 つまり、アリオスからして見るとマリアンナには立派な淑女になってもらい、上司である王子と結婚……まではいかなくてもいいから、少なくとも婚約者候補の末席に名を連ねてもらわねばならないのだ。


(……それはわかっているのだけれど)


 イリアネもその事情は聞かされているし、おそらくアリオスは王子からもっと直接的な言葉で圧力をかけられているのかもしれない。

 だが、人には向き不向きがあるのだ。


 貴族として生まれ育ったイリアネだからこそ、不向きな社交も適度に流しながらなんとか(・・・・)行えている。

 それをこれまで自由に研究することを生き甲斐としてきたマリアンナに当てはめるのは、イリアネには何か間違っているように思えたのだ。


 彼女の良いところを生かすならば無理に社交をさせず、どうしても貴族として社交をさせるのであればもっと伸びやかに会話できる……それこそ気の合った人々がいて、その中でも淑女が集まるようなサロンといった場所での社交の方が向いているのではないか? と思うのだ。


(だからといって適したサロンは思いつかないけれど)


 やんわりそれを伝えても、アリオスの態度は変わらない。


 自分が上手く伝えられていないのか、それともマリアンナの淑女教育がアリオスの思っている以上に進んでいないのか……イリアネは途方に暮れる。

 友人と呼べる関係になったとはいえ、他家の教育について口を出すのは貴族としてはマナー違反とも言える行為だ。


「大丈夫ですよイリアネ様! ほどほどにやりますので!!」


「お前なあ、いくらイリアネ嬢が許してくれるとはいえ、気安すぎるぞ」


「ええー、他のところでは気をつけるからいいじゃない。それより聞いて欲しいんだけど、この間王子が王城の敷地内にある森に連れて行ってくれてそこに稀少な水鳥がいたのよ! すごくない? 敷地内に森よ!?」


「王子じゃない、殿下だ。おそらくそこは王家の狩り場の一つだろう」


「へえ~、それはどうでもいいんだけどさ、それでその水鳥が……」


 クッキーを片手にああでもないこうでもない、はしゃぐマリアンナにアリオスが厳しく注意しつつも相槌を打つ。

 時折こちらに話を向けられて、イリアネが応える。


 穏やかで楽しい時間。

 けれど、イリアネはこの関係に少しだけ、不安を覚えていた。

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