20 冷淡姫の恋心
その日、イリアネは白く美しいドレスを身に纏い、教会にいた。
アリオスとの結婚の日を迎えたのである。
空は快晴、雲一つなく、二人を祝福するために集まった招待客たちは一様に嬉しそうだ。
これまで小さい問題が多数あったものの、二人の結びつきはそれらを経て確固たるものとなり、小さな淡い想いが花開き、そして実を結ぶ。
「……不思議ね、恋を諦めていたのに」
「そうなのか!?」
「ええ……」
誓いのキスを終え、人々の拍手を受けながら歩くイリアネがぽつりと呟いたその言葉はしっかりと隣のアリオスに聞こえていたらしい。
そのことに驚きつつ、イリアネは小さく笑った。
「だってあの頃は……婚約者としての義理だとばかり思っていたし、マリアンナ様のようにアリオスの素顔を引き出すことなんてできないって思い込んでいて……」
「あ、あれは……」
「いいえ、あれは私も自分の胸の内を明かさなかったからいけないのよ。貴方が焦る理由もなんとなくわかっていたんだから、私が我慢すれば……なんて思っていたのがいけないの」
イリアネも少しずつ変わっていった。
周囲の悪評に怯え、ただ取り澄まして我慢しやり過ごすことばかりを当然にしていた頃とは変わり、やんわりとではあるが言い返せるようになっていた。
怜悧な美貌のせいか、今でも彼女のことをよく知らない人間たちからすれば〝冷淡姫〟と呼ばれるのは変わらないようだけれども。
過去の彼女は、我慢に我慢を重ねることで、勝手に傷つく日々だった。
実際には話し合ってみれば、あっという間に解決する話だったのだからイリアネとしてはもう思い出すだけで顔から火が出るかと思うような思い出だ。
なんと幼かったのだろう。
だが、それがあったから今のアリオスとの関係が築けたのではないだろうかと思うのだ。
(あのまま我慢して結婚していたら、どうなったのかしら?)
アリオスがもしあの頃のまま〝立派な貴族〟としての体裁ばかり気にしていたら、いつかはその仮面がお互いに剥がれて大慌てする未来があったかもしれない。
逆にお互いの仮面が厚くなりすぎて、すれ違っていたかもしれない。
あくまで未来を想像するだけなのでなんとも言えないが、それでも今ほどに充足した関係を築けなかったのではないかとイリアネは思うのだ。
(あのすれ違いがあって初めて、自分でもどうにかしなければと思った……のだけれど、よくよく思い返してみれば私はあの時も我慢すればいいとかそう思っていたわよね……?)
そう考えるとあまり成長には繋がっていなかったような気もするが、アリオスが行動を起こしてくれたおかげで自分も頑張ろうと思ったのは事実だ。
あのすれ違いというか、イリアネがより殻にこもろうとしたことによってアリオスが貴族らしさよりも彼女を選んでくれた結果がこうなのだから、結果として良かったとしか言いようがない。
とはいえ、アリオスがその決断をしたのもイリアネがそれまでアリオスと、そして彼の幼馴染みであるマリアンナに対して心を砕いたからこそなので、結局のところ巡り巡って二人が向き合うために必要なことだったのだろう。
とはいえ本当に迷惑をかけてしまったとマリアンナはいつも申し訳なさそうにするものだから、イリアネは気にしていないと笑うことにしている。
快活な彼女のことを好ましいと思っているのだ、いつまでも萎れた花のようでは悲しいではないか。
そんなマリアンナも今は淑女らしい笑みを浮かべて、二人の門出を祝ってくれている。
どうせだからと新種の動植物を見つけて二人の名前をつけて贈り物としたかったようだが、それはさすがに難しかったらしい。
代わりにマリアンナの婚約者が長年研究していた新種の薔薇、その発育に携わったことにより命名権を得たため〝イリアネ〟と名付けて二人への贈り物としたのだが――それはそれで相手に対して問題なかったのだろうか、という心配を新婚夫婦にもたらしたことはまた別の話だ。
「……なんにせよ、私はアリオスに恋してよかったわ」
「俺もだ」
教会を出たところでワッという歓声に包まれた二人が晴れやかに笑ってキスをする。
そうして幸せのお裾分けとして、ブーケを大きく投げたその先――誰が受け取ったのかは、その場にいた者たちだけが知る話である。
これにて完結、お付き合いありがとうございました!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°




