18 冷淡姫は花開く
二人はようやく互いの気持ちを素直に告げることができた。
だからといって世界に何か変化が起きるわけでもなく、一時は『冷淡姫がまたやらかした』と何もしていないのに悪評が増えたが、すぐにそれも収まった。
何せアリオスがより高い縁を結ぼうとしたことを冷淡姫が怒って止めさせただの、冷淡姫はアリオスを手放さないくせに他の男に色目を使っただの、マリアンナが社交界に現れなくなったのはアリオスと彼女の仲を羨んだ冷淡姫が冷遇したせいだだの……。
要するに、大して目新しくもない噂だったからみんなが飽きてしまったのである。
貴族たちは常に新しい刺激を求めている。
今、そんな彼等の話題は――これまでと逆の〝溺愛〟だった。
そう、それこそ〝冷淡姫〟にまつわる話題。
「あら……ごらんになって」
とある社交の場で、一人の夫人が扇子を揺らす。
それに応じるように周囲の女性たちも目を細めて笑った。
「今日も彼女の騎士様は、婚約者を誰にも近づけさせないおつもりかしら?」
「そうねえ、あの騎士様があんなにも表情豊かだったなんてねえ」
「確かにフォルトゥナ嬢は笑うと可愛らしかったですものね、心配になるのも致し方ありませんわ」
アリオスと心を通わせたことで以前よりも社交の場でも緊張せずに笑うことができるようになったイリアネの噂は、すっかり様変わりしていた。
それこそ『冷淡姫の氷が溶けた!』と話題になるほどに。
イリアネは元より整った容姿をしている。
そこに愛想が加われば、それはもう人の目を引くことは分かりきった話であった。
彼女の悪評が消えることはアリオスにとっても喜ばしい話であるが、それは同時に花による虫を叩き潰す日々が始まったこと、彼は苦い思いを感じていた。
「アリオス? どうしたの、難しい顔をして……」
「イリアネが可愛すぎて周囲の男共の目を焼いてしまいたい」
「まあ、物騒な物言いはよくないわ」
「……貴女の美しさにひれ伏す男共が増えたことが業腹なのです」
「言い換えてもあまり良くなってないわ……」
二人の関係はすっかりよくなり、今では名前を呼び捨てにしあう仲になっていた。
ちなみにマリアンナとも変わらず仲良くしており、彼女は彼女で研究が楽しい日々だそうだ。
アリオスとの噂についてマリアンナは『やめて、絶対にありえない』と嫌悪感を示し、彼らの仲を疑う噂が根強く残っていることを知るや否や養親たちにかけあって婚約をした。
貴族位を持つ、変わり者で有名な研究者の首根っこを掴んできたかと思うと『彼と婚約する!』と高らかに宣言し、養親たちを驚かせたことは衝撃の話題として語られた。
ちなみにその話を聞いた、マリアンナに未練たらたらな王子は大層ショックを受けて寝込んだとかなんとか。
今も婚約者の座を狙う令嬢たちから逃げつつも、独り身を貫いている。
アリオスは時に貴族らしからぬ言葉遣いを口にして、イリアネにこっそり正されている。
とはいえ、事情をよく知らない人々からすれば傍目にはただ仲睦まじい様子の婚約者たちが戯れているようにしか見えない。
そんな彼らを、人々は温かく見守るのだ。……面白そうに。
「冷淡姫も、今じゃあ春の女神なんてあだ名されているものねえ」
「あら、ここ最近はそれに加えて氷の女神というのも追加されたのよ」
「あらそうなの?」
「ええ、ええ、彼女は婚約者の前でだけああいう柔らかな表情を浮かべるんだって評判ですもの」
「なるほどねえ」
うふふ、あはは。
人々は新しい話題で盛り上がる。
冷ややかな眼差しの美女が、身分差を乗り越えて精悍な騎士に愛され、そして花開く――それはまさに、物語のようではないか!
噂の二人はその話題に相応しい容姿を持っており、悪意の噂にすっかり飽きていた人々は喜んでそちらに乗り換える。
いずれはまた悪い話題で盛り上がる日が来るのかもしれないが――今は、花開くように美しい笑みを見せるイリアネと、彼女を守るアリオスの姿に今王都で話題の演劇を重ねて、人々ははしゃぐのであった。




