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冷淡姫の恋心  作者: 玉響なつめ


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13/20

13 冷淡姫は呆然とする

「ア、アリオス様!?」


「イリアネ!」


 騒ぎに慌てて席を立ったイリアネが騒動の場に歩み寄れば、アリオスは彼女の声に反応して嬉しそうな笑みを浮かべた。


(アリオス様、どうしてしまったの?)


 そんな嬉しそうな笑顔はこれまで見たことがない。

 困惑する様子を見せるイリアネに、アリオスは小首を傾げてからハッと何かに気づいたようにしゅんとした。


 その様はまるで大型犬が叱られたようだと周囲が一斉に思ったが、彼はそんなことお構いなしにイリアネの傍に大股で歩み寄ると礼を取る。


「すまない。待たせてしまって……遅れたせいで不快に思ったのだろうか? そうだな、俺が呼び出したというのに本当にすまない」


「あ、いえ、それは連絡をいただいていましたし、お役目ですから……」


「ありがとう! 理解ある婚約者で嬉しいよ。だが次はこんなことが起きないようにすると約束させてくれ」


「……ありがとう、ございます……?」


「この店は以前、騎士団の同僚たちが令嬢たちに人気だと教えてくれたんだ。特に季節のケーキが美味いらしくて……イリアネは甘いものが好きだっただろう?」


「え、ええ……」


 イリアネは目を白黒させる。


 アリオスは結婚を延期と言い出したイリアネに『婚約は解消しないし結婚は絶対にする』と強く意思表示していた。

 その後、騎士隊の任務なのか彼は忙しくなり、イリアネはこれ幸いとばかりに彼を少し避けていた。

 そのためこうやって顔を合わせるのは久しぶりのことである。


 しかし久しぶりにあったアリオスは、イリアネの知らない冷たい表情で女性を振り払った。

 かと思うと今度は蕩けるような甘い眼差しをイリアネに向けてきて、困惑させるのだ。


(婚約関係が上手く行っていると、周囲に見せつけるためなのかしら……)


 一時は不仲の噂まで立ったのだ。

 それを払拭するには確かにこうした場所で溺愛しているかのように振る舞うことは効果的であろうことはイリアネにもわかる。


 だがそれと声をかけてきた女性の手を振り払ったことはまた別である。

 如才なく断れば済む話だし、その方が醜聞に繋がらないことを考えれば、あんな塩対応はよろしくない。


 個人間でならともかく、人の目があるのだ。

 勿論、婚約者がいる男性に対して無礼な振る舞いをしたというのならば令嬢側にも問題ありとされるだろうが、イリアネとアリオスの関係が〝冷え切っている〟前提で彼女たちは行動していたはずだ。


 実際にどうかを確認せずに行動を起こすことは愚かとしか言いようがないが、イリアネはどう対応するのが正しいのか今ひとつ事情を飲み込めずにいた。


「あの、アリオス様……」


「ああ、すまないが彼女に新しい紅茶とそれからこの季節のデザートを。あとコーヒーを頼む」


「承知いたしました」


 席に着くや否や、アリオスはさっさと注文を済ませた。

 周囲の目を気にする様子もなく、イリアネを見てにこりと微笑む姿はまるで溺愛されているような錯覚すら覚える。


(……いくらこの結婚を反故にするつもりがないのだとしても、やりすぎだわ……)


 イリアネは戸惑うばかりだ。

 これまで二人の茶会では、こんな熱の伴った視線を彼から向けられたことがない。


 とはいえ、結婚を延期してよその令嬢との縁を繋ぎやすく……と安易に考えていたイリアネは、彼がその考えを行動で潰しにかかっているのだということは理解した。


(そうまでして結婚したい理由は何かしら)


 義理か、それともイリアネに対しての申し訳なさなのか。

 

 これまでの、マリアンナや第二王子に振り回されたことに対しての申し訳なさからくるものということは十分にあり得ることだ。

 それ以外にもここで婚約解消となれば、イリアネにとって無難(・・)な結婚が難しくなることを気にしてということも考えられる。


 自分に対して好意を抱いているからこその拒否、ということもちらりと脳裏を掠めたが、イリアネはその考えをそっと排除した。

 嫌われることはしていないが、だからといって好かれるほどのこともしていないからだ。

 少なくとも、彼女にとっては、だが。


 そうだったらいいなとは思っているし、彼の意思が固いのであればイリアネとしてもこれ以上意地を張るのは悪手であると理解しているので構わない。

 今は心が伴わずとも、長く夫婦をしていれば育つ愛もあると聞く。


 アリオスはこれまでイリアネに対して、義務的ではあったが真摯であった。

 婚約者と呼ぶには熱を伴わないが、友人としては良い関係だったに違いない。

 マリアンナや第二王子に向けられるほどの感情が自分に対してあるかはまだわからないが、イリアネはそれでもいいと思うことにした。


 少なくとも自分には、彼を恋うる気持ちがあるのだから。


「まあ、アリオス様! 奇遇ですわね」


 しかしようやく己の気持ちに区切りをつけたイリアネの前に、以前彼女に対して『アリオスに婚約を申し込む』と息巻いていた公爵家の末娘が現れたではないか。

 しかもよくよく見れば、その末娘の後ろには先程アリオスから手を振り払われた女性の姿もある。


 アリオスの意見に従うとは宣言したものの、ここでこれ以上の騒ぎは――そう思うイリアネが声を発するよりも前に、アリオスが口を開いた。


「――どちら様ですか」


 それは、ひどく冷たい声音だった。

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