10 冷淡姫、困惑する
第二王子との謁見――と言う名の相談会から数日後、イリアネはマリアンナの家へ来ていた。
というのも、今度はマリアンナから招待状が来たからだ。
気持ちの整理がついたこと、第二王子がイリアネを呼び出したこと――それらについて謝罪をしたいとあって、少しだけ躊躇ったが彼女は応じた。
マリアンナが出向くとあったが、イリアネの家族は以前、アリオスとマリアンナの距離が近いと厳しい目を向けていたこともあったのでイリアネが行くことで話をまとめた。
何度も来てもらっているので、マリアンナが悪い娘でないことは家族も理解しているとはわかっているが、それでもお互い少しでも嫌な思いをしたくないだろうというイリアネなりの気遣いだ。
アリオスとマリアンナの関係については、イリアネが説明したこともあって理解はしてくれている。
だが、周囲が感じていたように二人の距離はやはり近いものであり、聞こえてくる周囲の好き勝手な言葉にフォルトゥナ家側としてはやはりやきもきもしていたのだと思われる。
それでもイリアネは二人がただの友人であることは知っていたし、その目で見ていたし、何より二人から自分に向けられる真っ直ぐな感情を感じ取っていたからこそ誤解などしなかったけれども。
(……それでも、頑なな私が、いる)
頭では理解できているのだ。
このまま自分の感情を無視してこのままアリオスと結婚しても、何の問題もないことくらい。
アリオスは、少なくともイリアネにとって真摯な態度を貫いていた。
茶会も退屈だろうに毎回手土産を……それもイリアネの好みを考慮したものを用意してくれたし、手紙も一文だけだったが幾度もくれた。
マリアンナについても問えばきちんと説明してくれて、実際に会ってみて彼らがそのような関係ではないと理解できた。
少々、アリオスがマリアンナに対して、ぞんざいな扱いな気がしてハラハラはしていたけども。
結局のところ、イリアネにとって周囲の声が煩わしくて、それをどうにもできない自分にも――気にせずにいる二人にも、思うところがあって前に進めないのだ。
そしてそうなってしまえば、自分のような臆病者よりも……なんて後ろ向きな考えにばかり囚われてしまうのだ。
アリオスにはもっといい人がいるのではないだろうか。
だが彼のことを好ましいと思っている部分が、解消を申し出ない狡さでもあった。
イリアネは、自身のままならない心にどうするべきなのか、答えが見つけられずにいた。
(これが恋するってことなのかしら)
「恋ってままならないですよね」
そんなことをふと考えた瞬間、マリアンナの言葉が被さってイリアネはむせそうになる。
幸いにもそのようなことにはならず、また、マリアンナも気づかなかったようだけれども。
マリアンナからは、ひとしきり謝罪を受けている。
そうして静かに茶を飲んでいたところでの発言であった。
「……え、ええ、そうね」
「あたし、じゃなかったワタシってどこか人とずれているってことは自覚しているの。でもね、誰かを好きだとか嫌いだとか、傷つく気持ちがないとかそういうんじゃなくて……ええと、なんて言ったらいいのか、とにかくちょっとずれているってことは自覚しているの」
「……ええ」
「それでもね、ワタシだって普通に恋に憧れたりもするけど、貴族令嬢になって〝政略結婚〟とか、こうして養子に迎えてもらえた意味ってちゃんとわかっているつもりだったの」
「ええ」
「貴族になれて、それだけでもいっぱいいっぱいだって自分でもわかってたの。でも、王子に声をかけられて……それでちょっと浮かれちゃったっていうか」
自由闊達に研究をするマリアンナのことを、第二王子はいたく気に入ってくれた。
眉目秀麗な王子の存在に、彼女が舞い上がってしまってもおかしな話ではないなとイリアネも思う。
「平民だった頃も遠い存在だったけど……貴族になって、身分制度について前よりも学んだからこそ、余計に遠い存在だった〝王家の人〟が自分に興味を持ってくれたことがすごく嬉しかったの」
要するに、マリアンナは浮き足だったのだ。
彼女は確かに人と少しずれていて、研究をすることが何より大事だ。
だが他の年頃の少女たちと同じで恋に憧れる、そんな少女でもあったのだ。
絵に描いたような王子様に声をかけられて、その上、そんな王子から恋愛対象として見ているなんて言われて浮き立つなと言う方が無理だったのだ。
「頑張ればなんとかなるって思ってたの。でもやっぱり無理よ」
マリアンナはきゅっと眉間に皺を寄せて、イリアネの方へと視線を向けた。
そして力なく項垂れて、言葉を続けた。
「あんな……あんな腹の探り合いとか、嫌味の応酬とか、慣れたらなんとでもできるってイリアネは言っていたし、実際そうだと思うけど。目の当たりにして気づいちゃったの」
そんなことより研究がしたい。
恋だってしてみたいし、好きな人と結ばれたいという周囲と同じ願望は勿論ある。
しかし、その相手は別に王子様なんかじゃなくたっていいのだと、マリアンナは気づいてしまったのだ。
公爵夫人なんてなったらその応酬が行われる社交からは逃れられないではないか。
そう思ったら淡い恋心は消し飛んで、それで彼女は『恋に恋していただけだった』と気づいてしまったというのだ。
王子はそうでも、マリアンナは違ったのだ。
「巻き込んでごめんなさい、イリアネ様……」
「マリアンナ様……」
謝罪されても、イリアネは困惑するしかできなかったのだった。
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