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三章 焼け野原、戦争の爪痕

あらすじ

悪魔の少年シーナは異形の腕により町から追い出される。

追い出されたシーナは、銀狼族のシルバ、堕天使のマナエルと出会う。

三人は、それぞれの目標のために人の国を目指す…

 マナエルと行動を共にするようになって数日が経った。

 三人は、山の間を縫うように伸びた道を進んでいた。かつては荒れていたであろうその道も、今では石が敷かれ、ぬかるみ一つない。

「道が整備されて歩きやすくなってる…」

 マナエルが足元を見ながらぽつりと言う。

「セク・メイトが近づいているんだね」

 その言葉通り、道の脇に広がる景色にも人工の気配が色濃く残っていた。小高い丘のふもとにぽっかりと口を開けた洞窟が見える。

「お、あれは洞窟か?」

 シルバが指差す。

「きっと…あの洞窟から鉱石を集めて、開発をしているんだ…」

 シーナは静かに応じる。

 洞窟の手前には、小さな水路が掘られ、山の水を引いて流していた。しかし、ところどころ茶色く濁っており、澄んだ流れとは言いがたい。

「なるほど…洞窟に行っている人が、いつでも水を飲めるようにってことか…でも、そんなに綺麗じゃないな」

 シルバが眉をひそめる。

 マナエルは水路を覗き込みながら言った。

「水路ってことは、もうセク・メイトの手がついた場所ってことだよね…」

「そうだね…」

 シーナは一瞬、背後に目をやってから続ける。

「そろそろ、洞窟に行く人や兵士と出会うかも…」

 三人は自然と足音を潜め、警戒を強めながら、道を進み始めた。風は冷たく、空気の重さに、彼らの緊張が染み込んでいく。


 やがて、三人の前に現れたのは、焼け焦げた大地だった。

 焦げた木々が枝をねじ曲げ、地面には黒い灰が厚く積もっている。そこにかつて村があったことを示すのは、瓦礫と化した家の骨組み、崩れた塀、そして残された生活の痕跡だった。

「…ここ…」

 マナエルが足を止める。

 瓦礫の間からは、焦げた皿の破片、割れた樽、朽ちた机の脚など、誰かがここで暮らしていた証が顔を覗かせている。そのすぐ隣には、錆びついた銃が転がっていた。中には砕けた銃身や、引き金の部分が歪んだままのものもあった。

「これ…セク・メイトと村で戦争したってこと…?」

 マナエルが声を震わせる。

「どちらかって言うと、奇襲っぽいな」

 シルバが周囲を見渡しながら答えた。

「この道を瓦礫で塞がれると面倒だし、村が抵抗したら厄介だ…だから、さっと制圧して、殲滅したってとこかもな」

 シーナがしゃがみ込み、崩れた民家の隙間から覗いた骸骨を見つめる。小さな角、太い骨、爪の跡…それは、かつて獣人だった者たちの亡骸だった。

「うん…ほとんどが獣人の骨だね…」

 シルバが静かに呟いた。

「奥の洞窟に用があるから邪魔だったってか…」

 三人の間に重たい沈黙が落ちる。焼け焦げた空気は、まだそこに残る怨嗟の声のように、肌にまとわりついて離れない。

 やがて、マナエルがぽつりとつぶやく。

「…こんなこと、平気でやってるんだ…あの国は…」

 怒りと悲しみが混じったその声に、シーナもシルバも何も返さなかった。ただ、彼らの目にははっきりと、決意の色が浮かんでいた。


「何者だッ!」

 鋭く響いた怒声に、三人の身体がびくりと反応する。咄嗟に振り返ると、焼け焦げた村の向こう…瓦礫の間の小道に、重装備の兵士たちが現れた。

 二十人ほど。前列の兵たちは銃を構え、中列と後列には槍や盾、魔法陣を展開する者も混じっている。その最前列に立つのは、黒い軍帽をかぶり、金属製の肩章を光らせた男だった。鋭い目が三人を射抜く。

「そこの三人!名を名乗れと言いたいところだが…」

 隊長は一歩前に出て、声を張った。

「すぐにこの村から立ち去り、平原の方まで戻ると言うのなら、今回は不問にしてやる!」

 マナエルがぎゅっとシーナの袖を握り、声を潜める。

「ど、どうするの…?全員、武器持ってるよ…数もこっちの六倍以上…!」

 シルバはすでに腰の武器に手をかけていたが、表情は冷静そのものだった。

「奇襲は不可能、相手は戦闘体制に入ってる。こっちの出方次第では即座に撃ってくるだろうな。盾持ちもいる。前衛が固い」

 シーナが視線を走らせる。

「でも…おれたちは元々、この国を倒すために来たんだ。こんな人数でひるんでたら、この先、進めない…この程度、簡単に倒さないと」

 マナエルは不安げに眉をひそめながらも、こくりと頷いた。

「…わたし、支援に回る。魔法で援護するから…!」

 シルバがにやりと笑う。

「よし、決まりだな。前衛は俺が引き受ける。シーナは側面から銃兵を狙え。マナエルは俺たちの動きに合わせて、撹乱と回復を…」

 そのとき、一人の兵士が声を上げた。

「隊長!あの悪魔、二週間前に研究室から逃げ出した悪魔と姿が酷似しております!」

「なに…?」

 隊長の目つきが一変する。鋭く、獣のような敵意がその瞳に宿る。

 シーナがが小さく息を呑んだ。

「すぐさま、あの悪魔を捉えよ!生死は問わん!撃てッ!」

 隊長の腕が振り下ろされ、銃兵たちが一斉に構えを取る。

「構え!…行けッ!」

 号令と同時に、兵士たちが怒号を上げながら動き出す。

「なッ…!」

 シルバが籠手をつけ、叫ぶ。

「ちっ…やるしかないか…!俺たちも行くぞ!」

 三人は地を蹴り、兵士たちに向かって突撃する。

 戦いが、始まった。

 マナエルが広げた翼の間から、光と風の魔法が渦を巻いて放たれる。放たれた光刃が兵士の進行を遮り、風の壁が仲間への攻撃を逸らす。

「前は俺が取る!来いッ!」

 シルバは正面から突撃し、振り下ろされる剣を盾にした籠手で受け止め、短刀に変形させた籠手で喉元を切り裂いた。次の瞬間、背後に回り込んできた兵士を振り向きざまに一閃。血しぶきが宙を舞い、二人目が崩れ落ちた。

「悪魔めッ!あいつから倒せ!」

 数人の兵士が叫びながら、シーナに向かって駆けてくる。

 矢継ぎ早に狙われるシーナは、身を翻しながら異形の腕で敵の武器を砕く。刃が接触した瞬間、まるで腕が意志を持ったかのように素早く反応し、金属を握り潰していく。

 シーナの異形の腕が、音を立てて空気を裂いた。瞬間、迫っていた兵士の剣を根元からへし折る。さらにもう一人の胸部を、まるで紙のように貫通させた。

 兵士を倒すたびに、シーナの腕はじんわりと熱を帯び始めていた。

 シーナは眉をひそめる。兵士を倒すたびに、腕がじんわりと熱くなっていく。

「おい、シーナ!後ろ!」

 シルバの声に反応し、シーナは身をひねって剣をかわし、振り返りざまに異形の腕を振るう。重装の兵士が盾ごと吹き飛び、壁に叩きつけられ動かなくなる。

 マナエルがその間隙を縫って、風魔法を放った。シーナとシルバを狙う兵士が吹き飛んでいく。

「ありがとう、マナエル!」

 シルバは叫びながら槍兵の懐に飛び込み、喉元に短剣に変形した籠手を突き立てる。返す刀で、槍兵の膝を切り落とし、無防備になったところをもう一撃。

 戦場は混沌とし、兵士たちの叫びが響く中、三人は獣のような連携で敵を次々と倒していった。

 隊長の額に汗がにじむ。

「…な、なんだあいつら…ただの旅人じゃない…!」

 どんどん減っていく兵士を見て、隊長の顔には焦りが滲んでいた。

「全員、死ぬ気で止めろ!」

 だが、その叫びも虚しく、戦況は三人に傾いていく。シーナの腕の異常だけが、静かに、不穏な影を落としていた。


 気づけば、戦場に静寂が戻っていた。

 血に塗れた地面に倒れ伏す兵士たち。その中で、まだ立っているのは、たった一人。隊長だけだった。

 肩で息をしながら、隊長は剣を握る手を震わせていた。シルバの一撃で兜は砕け、額から血が流れている。マナエルの風に吹かれた灰が、隊長の視界を白く霞ませた。

 その中を…ゆっくりと、一人の影が歩いてくる。

「…っ…あ…」

 それは、シーナだった。

 瞳は昏く、どこか焦点が合っていない。だが、確かに敵を見据えている。そして何よりも目を引いたのは、シーナの左腕…異形の腕。肉と金属がねじれたようなその腕は、まるで意志を持つかのように脈打ち、淡く赤黒い光を灯していた。

「お前…貴様…悪魔め…っ!」

 隊長は最後の気力を振り絞り、剣を振り上げる。

 だが、それはあまりにも遅すぎた。

 シーナは無言で歩みを止めず、ひと息の距離まで近づくと、そのまま異形の腕を振り上げた。重々しく空気を切る音の直後、シーナの腕が、隊長の胸にめり込む。

 骨が砕け、血が噴き出す。隊長の目が大きく見開かれ、次第に焦点を失っていく。

 シーナは表情を変えず、淡々と腕を引き抜いた。

 隊長は音もなく崩れ落ちた。

 風が吹いた。血の匂いと焦げた臭いが混ざり合い、まるで戦場そのものが息を潜めているようだった。

 その光景を見ていたマナエルは、恐怖にも似た何かを感じて息を呑む。シルバもまた、眉を寄せながらも、ただシーナの背を見つめていた。

 今のシーナは…誰よりも、“悪魔”の姿をしていた。

 そして、戦いの終わりを告げるように、重く沈んだ空気が辺りを包んだ。

 焼け焦げた村に、再び沈黙が戻る。崩れた建物の隙間を風が抜け、血の匂いと土煙が混ざり合う。

 その中で、マナエルが震える声を上げた。

「し、シーナ…?今のは…何…?」

 マナエルの声には、恐れと困惑が混じっていた。シーナの異形の腕が隊長を貫いた瞬間が、脳裏から離れない。

 続けて、シルバが目を細める。

「魔法使いのあんたが…物理で止め刺すなんてな。いったい何があった?」

 シルバの声は冷静さを保っていたが、その奥に警戒の色がにじんでいた。

 シーナは二人の視線を受けながら、自らの左腕を見下ろした。

「…よくわかんないけど…兵士を倒すたびに、この腕が熱くなったんだ」

 シーナはゆっくりと異形の腕を動かす。すでに光は消え、表面は何事もなかったかのように静まっていた。けれど、さっきまで確かに感じていた熱と鼓動の余韻は、まだ残っている。

「今は…おとなしいけど」

 風が吹き、シーナの髪とマントを揺らす。

 マナエルは不安そうにその腕を見つめ、シルバは何かを考えるように黙っていた。

 だが、今この場で答えは出ない。

 シーナはしばらく異形の腕を見つめた後、ゆっくりと口を開いた。

「…まぁ、これはもう、おれの腕なんだ…暴走なんてしないよ」

 その言葉に、マナエルの表情がわずかにほころぶ。シルバも肩の力を抜きながら応じた。

「あんたがそう言うってんなら、信じるさ」

 三人の間にあった緊張が、ようやく少しだけ緩む。焚き火のように、わずかだが確かな温度が戻ってくる。

 マナエルが空を仰ぎながら、ふわりと笑った。

「じゃあ…早く進んでおこう?こんな場所、長居する場所じゃないよ」

 しかし、シーナは首を横に振った。

「…待って。たぶん、この先は人間しか入れないかもしれない。兵士に襲われないためにも…兵士の服を持っておこう」

 シルバは目を細め、村の外れに倒れている兵士たちを見た。

「…他の兵士に見つかったらまずい。服を奪ったら、すぐに移動しよう」

 三人は瓦礫の陰に移動し、それぞれ兵士の遺体から服を剥ぎ取っていた。生々しい感触に顔をしかめながらも、誰一人として黙々と作業を進める。

「うぅ…やっぱりこういうの、ちょっと苦手…」

 マナエルが小さく呻きながら、拾った服を当ててみるが、胸元がきつく、腰回りも妙に窮屈そうだった。

「なんか、体のラインが出ちゃう…これじゃバレちゃうかも…」

 シルバがふと振り返り、腕組みしながら口を開いた。

「そりゃ女の子だしな。無理に隠すと逆に目立つかもな…上からマントをかけとけ」

「うん…でもマントも、ちょっと丈が…あ、これなら大丈夫かも」

 一方、シーナは少し離れたところで別の服を試していたが、しばらくしてぼそりとつぶやいた。

「…どれも、おれには…でかい」

 腕を通した袖が手の甲まで覆い隠し、ズボンもゆるゆるだった。まるで大人の服を無理やり着た子どものよう。

「やっぱり細いな、あんた。腹に布巻いて詰めとけ、ベルトも締めろ」

「わかった…」

 しっかりと装備を整えながらも、どこか浮いた印象を残す二人に、シルバは小さく笑った。

「まぁ、どう見ても新兵の三人組だな。逆に怪しまれねぇかもしれないぜ」

 マナエルは不安そうに自分の胸元を押さえながら言った。

「へ、変な目で見られなきゃいいけど…」

「大丈夫だよ、マナエル。あんまり喋らなければ気づかれにくいし、何かあってもおれが前に出るから」

「うん…ありがとう、シーナ」

 どこか心の奥に残る嫌悪感を振り払いながら、三人は変装を済ませた。

 かすかに残る戦場の匂いが、三人の肩にのしかかっていた。

 兵士の制服に身を包んだ三人は、崩壊した村を後にして、整備された道を再び歩き出す。制服の重さと、まだ温もりの残る布地が、無言の圧力のように体にのしかかっていた。

 マナエルは帽子を深くかぶり、声を潜めながら言う。

「…この服、落ち着かない。でも、うまくやれば兵士として見てもらえる、よね?」

「そのための変装だ。挙動不審だと余計に疑われるぞ」

 シルバが言いながら、歩き方まで兵士になりきるような足取りを見せる。

 シーナも無言でうなずき、異形の腕をマントでしっかりと隠す。その下では、腕が静かに冷えていた。


 日が傾きはじめた頃、三人は道の傍らに黒く焦げた跡を見つけた。

 石が丸く並べられ、中心には使い古された炭と焼け残った枝が転がっている。

 シルバがしゃがみこみ、灰を指でつまんだ。

「新しいな。まだ三日も経ってない。兵士が使った跡か」

 マナエルが辺りを見回す。

「でも今は誰もいないね…ここで、夜を過ごせるかも」

「…火、起こすよ」

 シーナが短く言い、慣れた手つきで倒木から薪を集め始めた。

 やがて、火打石で火を起こし、赤い炎が再びその場所に灯る。

 マナエルが兵士の制服から見つけた袋を差し出した。

「これ、さっき拾ったやつ。中にドライフルーツが入ってたよ」

「じゃあ…最後の干し肉と煮るよ。任せて」

 シーナは無言のまま鍋を取り出し、火の上にかける。干し肉を細かく裂き、水を張った鍋に落とす。続けてドライフルーツを入れ、ゆっくりと木の匙でかき混ぜた。

 果物の甘い香りと肉の旨味が、混ざり合って漂い始める。

 鍋の中で、果実の色がにじみ、干し肉がとろけるように柔らかくなった。

 やがて、湯気の中にほんのりとした甘い香りと、ほのかな塩気が混ざって立ち上がる。

 シーナが匙をひとすくいし、味を確かめると、無言でコクリと頷いた。

「…できた。干し肉とドライフルーツの煮込み」

 木皿に取り分けながら、シーナがぽつりと言うと、マナエルの顔が明るくなる。

「わあ…いい匂い!フルーツ入ってるから、なんだかおしゃれだね」

「兵士の備蓄食とは思えねぇな。…さすがってとこか」

 シルバも興味深そうに匂いを嗅ぎながら、皿を受け取った。

「おれの得意なの、料理することくらいだから」

 シーナは淡々と返すが、その口調には少しだけ誇らしさがにじむ。

 三人は焚き火の周りに腰を下ろし、鍋の温もりを手にしながら食事をとり始めた。

 夜の山道、ほのかな灯りとともに、静かなひとときが流れる。

「…ところでさ」

 シルバが煮込みをかき混ぜながら言った。

「兵士の服、あれでちゃんとごまかせんのかね」

「サイズは合わせたけど…マナエルのがちょっと大きめかも…」

 シーナがマナエルをちらりと見る。

 マナエルはスプーンを持ったまま、服の袖をちょっと広げてみせた。

「そ、そうかな…?えへへ、なんか大きい服って落ち着くから、これはこれで好きかも」

「そりゃよかったな」

 シルバが笑うと、ほんの少し場が和む。

「…でも、シーナのもちょっとブカブカじゃない?」

 マナエルが口元にスプーンを運びながら、シーナの袖の余りを見て言う。

 シーナは袖を持ち上げて見せ、ため息まじりに答えた。

「だろうね…おれ、細いし、子ども体型ってよく言われるから」

「うん…肩、だいぶ落ちてるよ。あ、でも歩いてるとき揺れるの、ちょっと可愛いかも」

「やめて。可愛いのはマナエルだけでいいよ」

 少し赤くなりながらシーナがぼそっと返すと、マナエルは「えへへ」と笑った。

「おれも、腹周りかなり余ってるぞ。ベルトなかったらずり落ちてたかもな」

 シルバが苦笑いで自分の腰を指さす。

「でもまぁ、こういうのって慣れだよね。とりあえず、怪しまれなきゃなんでもいいんだし」

 マナエルがそう締めくくると、三人は笑い合った。

 焚き火の火がパチリと音を立て、煙が空へと登っていく。

 ほんの一瞬、戦いの気配も、異形の腕の気配も忘れるような、穏やかな時間が流れていた。


 翌日の昼。太陽は中空に昇り、三人の影を真下に落とす頃…

 道の先に、黒く巨大な門が姿を現した。

 それは岩と鋼鉄を組み合わせて作られた、無機質で重々しい構造物。

 門の両脇には監視塔がそびえ立ち、上からは複数の兵士が見張っているのが確認できた。

「…あれが、軍国セク・メイトの正門か」

 シルバが呟く声には、かすかな緊張が混じっていた。

 マナエルは、ぎゅっとフードを深くかぶり直す。

「こんな…堂々と入っていくなんて、ほんとに平気…?」

「…兵士の数、あのくらいなら…ばれない。」

 シーナの言葉には自信よりも、冷静な観察に基づく静かな判断があった。

 三人は兵士の制服を整え、歩調を合わせて門へと近づく。

 表情も仕草も、兵士になりきることを意識する。

 門の手前で、見張りの一人が目を細めてこちらを見る。

「…どこ所属だ?見覚えのない顔だな」

 シルバが一歩前に出て、無造作に敬礼する。

「西側坑道の補給任務です。遅れが出たもんで、直接戻れって命令があった」

 兵士はしばらく視線を鋭く保っていたが、手元の紙束をパラパラと確認し、やがて鼻を鳴らした。

「ったく、いつも急な命令ばかりだ。通れ、次からは時間守れよ」

「感謝します」

 三人は揃って頭を下げ、自然な足取りで門をくぐった。

 門の向こうには、機械音と兵士の怒号が響く、灰色の街…

 軍国セク・メイトが広がっていた。

 シーナは口を閉じたまま、異形の腕に意識を寄せる。

 沈黙を守るそれが、今はただ静かに服の下に隠れている。

「…さぁ、ここからが本番だ」

 シルバの低い声が、足元を響かせる。

 三人は人の国の中枢へと、静かに、確実に歩みを進めていった。


四章に続く

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