一章 銀狼の牙、異形の爪
あらすじ
異形の腕をもつ悪魔の少年シーナは、捕らわれていた人の国から逃げだし、元々住んでいた悪魔の町に戻ることに成功した。
だが、異形の腕に町の悪魔たちが怯えてしまい、町から追い出される。
全てはこの異形の腕をつけた人の国のせいだと考えたシーナは、戦争前のような笑って生きられる日のために、人の国へ復讐を誓う…
森に入ったシーナは、慎重に歩を進めた。
枝を踏む音が響かないよう、息を殺して足を運ぶ。
敵の気配はない。それでも警戒を怠らず、木の実や野草を見つけると、少しずつ食料袋に入れていった。
森の中は冷たい風が吹き抜けていたが、シーナの体は以前とは違う。魔力のせいか、少しの寒さなら気にならなかった。
けれど、それでもこの森には、どこか違和感があった。
「…変な音」
遠くから、木を砕くような音がした。ドスン、バキッ、バキィン…明らかに自然のものではない。
何かが、何かを殴っている音。しかも、一定のリズムで続いている。怒りに任せて何かを壊しているような、そんな荒々しさ。
シーナは音のする方向へ進んだ。枯葉の音がしないように、息を潜めて茂みをかき分ける。
やがて、視界の先に一本の太い木が、裂けるように倒れていくのが見えた。
そのすぐ傍には、銀色の髪をした獣人が立っていた。背は高く、引き締まった体つき。腰を落とし、拳を構えるその姿は、まさに獣そのもの。
獣人の足元には、倒された獣の死体と、いくつもの裂けた木々。怒りが空気を揺らしていた。
「…なんで、そんなに壊してるの?」
思わず声が漏れそうになるが、シーナは口を押さえた。
相手は明らかに危険な存在だ。それでも、なぜか目が離せなかった。
それは、ほんの一瞬の出来事だった。
茂みに身を隠していたシーナの存在を、獣人が察知したのだ。
「そこだ!」
怒声と共に、銀色の影が飛び出す。まるで弾かれたように跳ねたその肉体は、獣のようにしなやかで力強く、一直線にシーナへと襲いかかってくる。
「っ…!」
咄嗟に地面を見やったシーナは、倒れた獣のそばに転がっていた骨。太く、鋭く割れた脚の骨を掴み、前に突き出すように構える。
ガキィンッ!
骨と爪がぶつかる。重い衝撃が腕を通して伝わってきたが、シーナは踏ん張って耐えた。
「なんだ…?獣じゃないのか?」
獣人は眉をひそめ、飛び退いて距離をとる。シーナの姿をよく見て、ようやくそれが獣ではなく、自分と同じ“言葉を持つ存在”であることに気づいたようだった。
シーナも、荒い呼吸を整えながら答える。
「おれは…悪魔…襲うつもりはなかった…」
獣人は少し黙り込み、鋭い視線でシーナを見据える。
その瞳には、疑いと、どこか静かな怒りのようなものが宿っていた。
「…なら、なんでこんなとこでコソコソしてた?」
その言葉に、シーナは迷いながらも答えた。
「人の国に…向かってる。その途中、音がしたから…気になって」
獣人はフッと鼻で笑った。
「…そうか。驚かせて悪かったな。でも、近づくときはせめて声をかけろ。そうじゃなきゃ、殺されるぞ」
その言葉は脅しではなく、森で生きる者の当然の忠告だった。
ようやく落ち着いた空気の中、二人の視線が静かに交差する。
距離をとった獣人は、シーナの様子をじっと見つめながら考える。
「…あいつ、俺の動きに反応して攻撃を受け止めた、だと?」
細い体、臆したような瞳、だが…確かに自分の攻撃に反応して、あの獣の骨で受け止めた。
並のやつなら、そのまま吹き飛ばされて終わっていた。
「なあ、あんた…強いな?」
シーナは、わずかに首を傾げる。
「…わからない。でも、人に勝つためには、強くならなきゃいけない。だから…強くなりたい…」
その返答に、獣人はにやりと牙を見せて笑う。
「じゃあ、ちょっと手合わせしようぜ。どれだけやれるか、試してみたい」
そう言って、地面に転がっていた長い骨を拾い、シーナに投げて寄越す。
「これは…?」
「魔力が通りやすい骨だ。魔法使いなら、杖の代わりになるだろ?」
シーナは骨を手に取り、軽く握ってみる。たしかに、骨の中を魔力が自然と流れていくような感覚がある。
「…どうして、おれが魔法使いだって?」
獣人は腕を組み、どこか面倒くさそうに答えた。
「その体つきで重たい武器は無理だろ。素早さも格闘向きじゃない。だが、やけに膨らんだ魔力…そりゃ、魔法使い以外に何がある?」
「…なるほど」
納得したようにうなずいたシーナは、骨を杖のように握り直す。
「じゃあ…お願い」
獣人は肩を鳴らしながら構える。
「手加減はしないからな。じゃ、行くぞ!」
森の静けさを破り、二人の戦いが始まった。
シーナは骨の杖を強く握りしめ、目を閉じて魔力を集中させる。
初めての“魔法”…
けれど、体に渦巻く異様な力が、それをどうしても黙ってはいなかった。
「…っ、いけぇっ!」
骨の杖から放たれた魔力は、想像を遥かに超える熱と光を伴って、一直線に獣人を襲う。焔のような魔弾が空気を震わせる。
「ほぉ…!」
獣人は咄嗟に腕を前に出し、籠手でその魔法を受け止める。火花が散る中、片膝をつきながらも踏みとどまった。
「ふっ…期待通りの火力だな。こいつがなかったら、マジで危なかったかもな…」
シーナは驚きの表情を浮かべる。
「今のが、効かなかった…?」
獣人はニヤリと笑い、鋭く踏み込んだ。
「今度は、こっちの番だ!」
駆ける音。地を裂くような踏み込み。そして、激しい接近戦が始まる。
シーナは咄嗟に魔法を使おうとするも、発動までのタイムラグと精度に課題が残り、徐々に押されていく。
「行くぞ!」
そう言った瞬間、獣人の籠手が変形する。拳の形から、まるで猛獣のような鋭い爪がせり出す。
そのまま、獣のような動きで獣人が突っ込んできた。
「速い…!」
シーナは反射的に骨の杖を構え、間に合わないと思いつつも魔力を込める。
「…火よ!」
杖の先から飛び出したのは、さっきよりも小さく制御された火球。それは獣人の動きにギリギリ合わせて飛び、肩をかすめた。
「いいぞ…少しずつ慣れてきたな!」
獣人は嬉しそうに叫ぶと、今度は拳を構え、そのまま地面を殴る。
地面が爆ぜ、土塊が飛び散る。その衝撃に体勢を崩しそうになるシーナ。
「…っ!」
とっさに杖を地面に突き立て、滑る足を止める。すぐにカウンターの雷の魔法を放つ。
「雷…!」
放たれた魔法は一直線に獣人へと向かうが、獣人はまたも籠手を変形させる。
今度は盾のように広がり、電撃を受け流すように構える。
「…ほぉ、本当に制御し始めてるじゃないか」
獣人は感心したように呟き、今度は一歩ずつ、じわじわと距離を詰める。
(あれだけ動きが速かったのに、今度は慎重…?)
警戒しながら、シーナは魔力を溜める。すると…
「ぅあっ!」
獣人が突如、拳を地面に叩き込むと同時に、もう片方の籠手が鞭のように伸びてきた。
「伸びるの!?」
シーナは身を捻って避けながらも、魔力の流れを感じていた。
(この杖、骨だからなのか、魔力の流れが“道”みたいにわかる…)
それに気づいた瞬間、シーナは力の出し方を変える。勢いではなく、魔力の「形」を意識し始めた。
「…火よ!」
杖から放たれた魔法は、単なる火ではなかった。螺旋状の火が起き、鞭のような攻撃を絡め取るように巻きつき、軌道をずらす。
「なるほどな…完全に掴んできたな!」
獣人の顔に、確かな驚きと喜びが混じった笑みが浮かぶ。
「けどな…!」
再び間合いを詰める獣人。今度の籠手は、分厚く鋭利な“ナックル”のような形に変わり、全力の拳がシーナの目前まで迫る。
「っく…!」
しかしシーナも、魔法のタイミングと力加減を覚えてきていた。
「氷!」
瞬間、空気が冷え、拳の直前に氷の壁が展開される。獣人の拳が叩きつけられると、氷は砕けるが、その衝撃は相殺される。
「…すごいな」
微かに息を弾ませながらも、獣人はそう言った。
だが、戦いの中で少しずつコツを掴み始めたシーナ。次第に、魔力の出力を抑え、連射や小さな魔弾で応戦する技術を体得していく。
力の差が互角に近づいてきたそのとき…
「ブォォオオオオ!」
森の奥から、獣の怒声が響き渡る。鳥が一斉に飛び立ち、木の葉がざわつく。
「なんだ、今の声…」
獣人が訝しげに呟き、シーナも表情を引き締める。
その音は、確かに“何か大きなもの”が、こちらに向かっていることを知らせていた。
遠くで「ズズン…ズズン…」と地鳴りのような音が響いた。次第に大きくなっていくその音に、獣人がピクリと耳を動かす。
「…来たか」
茂みの向こう、枝をなぎ倒しながら現れたのは…怪物のような巨大なイノシシだった。全身を覆うゴワゴワした硬毛は木の枝すら弾き、二本の鋭く長い牙がギラリと光る。
「でっか…!」
シーナが思わず声を漏らすと、獣人が呟いた。
「…さっきの手合わせの音に反応したのか。音に敏感なタイプだな、こいつ」
突如、イノシシが咆哮し、怒りのままに突進してくる。地面がえぐれ、土と枯葉が宙に舞う。
「跳べ、悪魔っ!」
二人は左右に跳び、突進を避ける。だが、イノシシはすぐに反転。今度は牙を突き出して横からなぎ払うように襲いかかってきた!
「チッ、こいつ、突進だけじゃない!」
獣人が身を低くして回避しながら、牙の軌道を読む。牙がかすめた木がへし折れ、周囲に破片が飛び散る。
「逃げてるだけじゃ終わらない!」
シーナは魔力を杖に込めようとしたが、獣人が制するように声を上げる。
「待て! まずは毛皮を剥がす!」
その言葉と同時に、獣人の籠手が変形する。拳が爪に変わり、鋭く尖った五本の刃が陽光を反射する。
「裂爪ッ!」
回り込んだシルバが、イノシシの脇腹を切り裂く。爪が硬毛をはじき、血が噴き出す。
「今だ、悪魔!」
「…雷よ!」
シーナが傷口めがけて雷撃を放つ。激しい音と閃光、イノシシが叫び声を上げ、暴れ狂った。牙で地面を掘り返し、木に頭突きを食らわせ、周囲を無差別に破壊していく。
「うわっ…めちゃくちゃになってる…!」
「けど、それだけ動きが読める!次で終わらせる!」
もう一度、獣人が爪で別の場所に傷をつける。その瞬間、イノシシが牙で反撃しようとするが…
「もう一発ッ!」
シーナが強化した火球を放ち、見事に傷口を撃ち抜いた。イノシシが膝を崩し、咆哮とともに倒れ込む。激しく動いていた森が、再び静かになる。
倒れ伏した巨大なイノシシを前に、獣人は額の汗を拭いながら笑った。
「おいおい、やるじゃないの。あんな火力、一発食らったら丸焼きだぞ」
「…君だって。あんな動く相手に、正確に傷をつけるなんて…すごい」
互いに、ほんの少しだけ口元が緩む。
そのとき、周囲がオレンジ色に染まりはじめた。見上げると、夕陽が森を照らしている。
「もう夕方か…泊まりだな、これは」
「そう、ね…。あ…自己紹介、まだだった」
シーナが少し遠慮がちに言うと、獣人が腕を組んで応じた。
「そういや、そうだったな。俺はシルバ。流れ者の獣人だ。あんたは?」
「…シーナ。町を、出てきたばかり」
「へえ、そいつは事情ありってやつだな。…よし、とりあえず晩飯の準備しようか。こいつ(イノシシ)を放っとくわけにもいかないし」
シルバは手早くイノシシに近づき、鋭い爪を使って解体に取りかかる。骨や内臓を外しながら、食べやすい部位を切り出していく。
「器用だね…森で慣れてるの?」
「ああ、こういうのは得意だ。火打石もあるし、あんたが料理できるなら、俺が素材を調達してくる」
シーナは頷き、少し思案してから指示を出す。
「じゃあ…柔らかそうなキノコと、香りのある葉っぱを。あと、水場があったら教えて」
「任せとけ」
シルバが森へ走り去ると、シーナは手早く焚き火の準備に取りかかった。石を並べ、乾いた小枝を集め、マントで風を防ぐ。すぐに戻ってきたシルバは、水の入った皮袋と、たくさんのキノコと野草を抱えていた。
「ほれよ。川もあったぞ、明日水を補給できる」
「ありがとう。…じゃあ、作るね」
シーナは落ちている骨を調理用具の代わりに使い、イノシシの肉を焼きはじめた。香ばしい匂いが漂い、森の空気に混ざって食欲を刺激する。
シルバはじっとその様子を見ながら、ぽつりと呟いた。
「…悪魔って、料理もするんだな」
「するよ。…町では、よく作ってたから」
肉の表面がこんがりと焼け、シーナは森の葉で作ったソースをその上に垂らす。
「できた…イノシシステーキ、森のソースかけ」
「おぉ…見た目も香りも、まるで狩人のご馳走だな」
二人は並んで地面に腰を下ろし、焚き火を囲んで食事を始めた。
肉のうま味とソースの香りが、疲れた体に染みわたる。
「…うまい。マジでうまいぞ、シーナ」
「そう…よかった」
シルバが無邪気に肉にかぶりつくのを見て、シーナは小さく笑った。ほんの少し、心が温まった気がした。
「この森のソースは…香りの強い葉を刻んで、イノシシの脂と混ぜて作ったの。肉の匂いを抑えて、食べやすくなるようにしてみた」
シーナは、少し照れたように説明した。焚き火のオレンジが、横顔を優しく照らしている。
「へぇ、すごいな…肉を焼くだけでも必死だった俺からすれば、まるで料理人だ」
シルバは骨付きの肉をかぶりつきながら、感心したように目を細めた。
食事が終わると、二人は手分けして片付けを始める。骨や灰を処理し、焚き火のまわりに石をきちんと並べ直す。
夜の森に虫の声が響く中、二人は焚き火を囲んで腰を下ろした。
ぱちぱちと燃える音が、静けさのなかで心地よく響く。
しばらく沈黙が続いた後、シルバが火を見つめながら口を開いた。
「なあ、シーナ。あんた、人の国に行くって言ってたな。…戦争に勝った国に、負けた国の者が向かうなんて、普通じゃ考えない。いったい、どんな目的があるんだ?」
シーナは少しだけ視線を落とし、そして左腕を見つめた。
「…この腕をつけた、あの人に会いに行く。おれの…大切だったものを、国に奪われたから、取り返す…」
火がパチリと弾けた。
「それって…」
シルバは何かを言いかけたが、言葉を選んで一拍置き、それからゆっくりと続けた。
「…あんたのその腕、許せない奴からつけられたものかもしれない。だけどな…」
シルバは、そっと自分の籠手を外して、ゴツゴツした手を焚き火にかざした。
「今こうして、料理もした。火も起こした。そいつがなかったら、今日、メシも食えなかったかもしれない。だから…」
焚き火の向こうで、シーナと目が合う。
「壊れるまで使いこなしてやろうぜ、その腕。あんたの体の一部なんだ。ちゃんと、自分の力としてな」
シーナは驚いたように目を見開き、そしてほんの少し、まぶたを伏せた。
「…ありがとう」
焚き火の炎が、パチリと音を立てて小さく弾けた。
シーナが静かに語った決意を聞いた後、シルバはしばらく沈黙していた。だが、何かを決意するように息を吐き、炎に視線を落とす。
「…シーナが話してくれたんだし、俺も話そうか」
シーナが顔を上げて、焚き火の向こうのシルバを見つめる。
「俺は…銀狼族っていう、ちょっと特別な血を引いてる獣人なんだ」
炎が揺れる。シルバの影が木々に踊る。
「特別って言ってもな。力が強くなるとか、魔力がどうとか、そんなものは“目覚めた”奴にしか分からない。俺はまだ目覚めてない。けど…その血を持ってるってだけで、俺の家族は…」
言葉が一度、途切れる。
「親も、姉貴も、同じ獣人の仲間に裏切られた。“銀狼の血は危険だ”ってな。仲間だったはずの連中に、やられた。…でも俺だけは、生きてた。まだ血に目覚めてなかったから。だから、脅威には見えなかったんだろうな」
シーナは、そっと唇を結んだまま聞き続けていた。
「俺は村を出た。逃げるようにして…それからずっと考えてる。なんで“血”とか“立場”だけで、人はこんなにも簡単に線を引くんだって」
シルバは拳を握り、焚き火にくべた枝が崩れて火が跳ねた。
「だから俺は、誰も血で、立場で、名前で差別されない世界をつくりたい。強くならなきゃって思ったんだ。…力がなければ、誰も話なんて聞いてはくれない。言葉が届かないなら、まずは拳で語ってやるしかない」
少し恥ずかしそうに、そしてどこか意地っ張りのように笑った。
「まぁ…獣じみた考えかもしれないけどな」
シーナはしばらくシルバの言葉を噛みしめるように黙っていたが、やがて焚き火に目を戻しながら言った
「…それでも、君は誰かを守りたくて戦ってる」
その一言に、シルバは少しだけ目を見開いた。
「…そうだな」
再び火を囲む二人の間に、あたたかく、どこか寂しげな沈黙が流れた。
焚き火が、ぱちりと音を立てて燃える。空には星が瞬き始めていた。
しばらく静かに火を見つめていたシルバが、ぽつりと言った。
「…俺も、ついて行くよ」
シーナがそっと彼に目を向ける。
「完全に同じじゃないが、俺も“安心できる暮らし”を目指してる。血や立場に左右されない、そんな場所をな」
シルバは火を見つめたまま、続けた。
「それに…あんたは強い。未熟なとこもあるけど、芯があるし、きっともっと強くなる。…あんたが目指す“人の国”も、相当な強さを持ってるんだろ?なら、ついて行けば俺も強くなれる。俺の目標に近づける」
そこで、ちらりとシーナを見て笑う。
「それにさ。ここで出会ったあんたとの縁…無駄にはしたくないんだよ。…俺って、案外情に厚いんだぜ?」
シーナは、少しだけ目を細める。静かな笑みがその口元に宿ったかもしれない。
「人の国を目指すんだろ? この森は広い。さっさと寝て、先に進もうぜ」
そう言って、シルバが立ち上がり、寝床を整え始める。シーナは少し間を置いてから、問いかける。
「…夜の見張りはどうする?」
「大丈夫だ。この辺りは、おそらくさっきのイノシシの縄張り。でかいやつが住んでる場所には、並の獣は寄ってこない。さらに、あいつが倒した木の跡が残ってる。警戒するには十分だ」
焚き火の火を少しだけくべて、シルバは口元を緩める。
「それに…俺は獣人だぜ? いざとなったら、俺の鼻と耳がちゃんと反応するさ。…安心して寝な」
シーナはしばらくシルバを見つめていたが、やがて「…わかった」と一言だけ返し、簡易的な毛皮の毛布に身を沈めた。
そして、森の奥深く。焚き火の爆ぜる音だけが、夜の静けさに寄り添っていた。
朝靄が薄く立ち込める森の中、鳥のさえずりが緩やかに響く。
森に入ってから三日。
「…そろそろ、森の出口だ」
シルバが、背後をちらりと振り返りながら言った。
シーナは頷き、近くの木陰に腰を下ろす。
「…森を出る前に、少し食べておきたい」
すると、シルバが笑って言う。
「最初はイノシシステーキ。二日前はいろんな調理法の木の実盛り合わせ。昨日はヘビ肉のスープ…今日は何を作るんだ?」
シーナは、手元の布袋から柑橘の実を取り出しながら答えた。
「…昨日の柑橘と、残しておいた鹿肉。柑橘ソースの鹿肉冷しゃぶにしよう」
「おお、うまそうだな」
いつの間にか、調理器具も随分と充実していた。シルバが枝や石を加工して作った串や網、石を組んだかまど、簡易的なまな板、即席の鍋置きや杓子まである。それらを手際よく並べながら、二人はすっかり慣れた流れで食事の準備を始めた。
シルバが集めてきた水や葉、果実を手際よく選り分け、シーナがそれを受け取って調理する。
「…シルバのおかげで、調理器具も、魔法の杖もずいぶん立派になった。」
「はっ、器用さだけが取り柄だからな。ついでに腕も立つぞ」
二人は冗談めかして笑い合う。
簡素ながら彩り豊かな朝食を済ませ、食器を片付けながらシーナが口を開く。
「…森を出たら、いつ食材が手に入るかわからない。干し肉と干し魚は、できるだけ持っていきたい」
「ああ。保存用の葉と布も用意しておいた。持てるだけ詰めていこう」
木の枝に吊された干し肉の束が、微かに揺れている。
荷を整え、二人は最後の確認をして立ち上がる。
光が差し込む森の道の向こう…そこに、森の出口がある。
「…行こうか」
「おう」
足元の落ち葉を踏みしめて、二人は森を出た。
二章に続く
キャラクター紹介
名前:シルバ・グランツ
種族:銀狼族(狼の獣人)
性別:男
性格:常に強くなりたいと願い、そのためにはどんな手段でも取る覚悟がある。無骨ながらも情に厚い。特に仲間に対しては深い信頼を寄せる。
外見:銀色の長髪、背が高く、狼のような鋭い目を持つ。戦闘時は、変形可能な籠手を使ってさまざまな物理攻撃を繰り出す。
目標:平等な世界を作るため、強さを手に入れ、支配者としてではなく、真に皆が平等に扱われる世界を目指す。