イカ追いクエスト10「みとめたくないことだけど」
【前回までのあらすじ】
「我々イカは10の心臓を持つのだ」
大王イカが解説する驚愕の事実。
イカんの意を示したAZの最後の戦いがまた始まる。
目的がない人間の無気力感はどうやったら解消できるんだろう。
思考がまともに働かない。
なんだかぼんやりする。
頭の中にあるはずの脳がとろけて形をなくしたみたいな心地だ。
何かしようとしてイメージしてもそれが絵にならない。
今は不安さえ感じない。
少し前に戻った感じがした。
実験は成功したけど研究所には行かなかった。
だから時間魔法の研究成果は提出していない。
成果なし、僕には無理だったという旨のレポートを送った。
退所までの残り日数を有給消化で過ごすことになって、その期間を実家に引きこもることにした。
どこにも行きたくない。
父さんはゆっくり休めという。
身の丈に合わないことをしてきたんだ、きっとその反動だろうって、けなしてるのか慰めてるのかわからないことを言う。
相変わらず心に響かない。
母さんは、知り合いに絵の展示会のチケットもらったらしく僕に勧めてくれた。
折角だけど今は行く気がしない。
展示会か。
学生時代の記憶が流れだす。
懐かしさもなく、ただただ頭に当時のことが浮かび上がるだけ。
過去を思い出してたら、段々虚しくなってきた。
涙がすーっと流れてく。
でも袖でふき取るとそれ以上は流れてこなかった。
思い返せば、これまでの人生は決して悪くなかったのだ。
仕事は充実してたし、給与も悪くはない。
今まであまり使ってこなかったからそれなりに貯まってるし。
いつでも迎え入れてくれる両親がいる。
気にかけてくれる上司、それに憧れの人も、いた。
意固地になったことで全てが台無しになったんだ。
いつ、どうすればよかったんだろう。
今なら過去を変えることができるかもしれない。
だけど、どうすれば変えられる?
どうなれば僕は満足のいく人生を送られるんだろう。
違う人生を歩んでもその先でまた上手くいかずに苦しむ。
転生した今がまさにそうなんだから、これは経験則といえるかな。
より良い人生にするために変えなきゃいけないことって何だろう。
それは過去にしかないのだろうか。
ああ、そうだよ、意固地になったから全て台無しになったんだ。
もしかしたらちょっとのことだったのかもしれない。
意地を張らずに、自分の考えに固執しないで現状を受け入れて、その上で対応を練っていけばよかったんだ。
言葉にすればすごい簡単で正論でなに言ってんだってくらいのこと。
でも、嫌なことは受け入れられないし、自分のやりたいことはあるし、その目的のためにどう動けばいいか考えてると現状を受け入れるなんて出来ないよ。
大事なものを見極めて諦めるというか、妥協することができなかったから僕はこうなったんだ。
わかってみれば簡単だ。
なぞなぞといっしょ。
かんたんなことだったんだ。
我を通すことがどれだけバカげたなことなのか。
家に引きこもって思うのは、家族で過ごす時間は心地いい。
今まで研究に振り回されてたし、こういう落ち着いた時間はなかった。
人間って、認識するだけでエネルギーを使う。
誰かいることに気づくと少なからず気疲れする。
当然か。
気づくってことは気を使ってる、つまり消耗してるってことだもんな。
職場にいると、いつも他人っていう強いエネルギーに囲まれてるような感じがしていた。
しかも周りにいた研究者はほとんど意思が強い人ばかりだからホント疲れる。
対して家にいるのはすごく楽。
慣れ親しんだ場所。
わがままに振舞ってもどこかで受け入れてもらってる。
気が抜ける。
使うのと抜けるのでは全然違うもんだ。
今後について両親に相談してみよかな。
今までに人生相談したのって、学校卒業後の進路をどうするかくらいだったっけ。
ご飯を食べた後、今後について父さんに相談してみることにした。
「ねえ、仕事辞めた後どうしようか迷ってるんだけど、どう思う?」
「好きにすればいいんじゃないか。前にも言ったけど、ゆっくり休むといい」
やっぱり大したこと言わないな。
危うくため息をつきそうになった。
誤魔化すために考えるふりをして顔をちょっと下げる。
まぁ、テテツさんたちと比べちゃダメか。
目線を戻すと、父さんはいつになく真剣な面持ちで切り出してきた。
「エイゼット。どうなるかは追々考えればいい。よっぽど高望みしすぎなければどうにでもなる。お前は子供っぽい見た目の割に昔から変に老成したところがあった。そんな一面をもってる子だから、周りに合わせすぎないか心配だったよ。自分のやりたいことを諦めやしないかって。だから研究者になるって言った時は心配もしたけど、何より嬉しかった。自分のやりたいことのために、それも困難な道に自分で挑もうとした。それが嬉しかった。挑戦は自分に期待しているからこそ出来ることだからな」
「そ、そうなんだ。なんか照れるな」
「ああ。だからさ、そんなお前がやりたいって思ったほどのことを、今度は辞めたんだ。どうしていいかわからないって、そう言うのもそりゃそうだって話だろ。だからその気持ちを無理に整理しようとせずにのんびり過ごせっていうわけだ」
「適当に言ってたわけじゃないんだな。ちょっと感心」
「おうよ。だらだらしよーぜ」
「はは、そうだね」
「それで、例えばだ。もしまた目的地ができたら、この家を出発点にして目指せばいい。未来は今から変えられる。思い描いた未来へじっくり目指せばいい。そこに行くための通過点を見つけていけば必ず辿り着けるさ」
「未来か、そうだね。ありがと」
「お?おう」
珍しくいいことを言うもんだ、この人は。
なんてね。
感謝だよ、父さん。
そうだね、変えるのは過去じゃなく未来、か。
うん、それならできそうな気がする。
というか過去を変えられないのは当たり前なのに。
それに、過去を変えたら全部消えちゃうかもしれない。
こうやって悩み込むのは父さんの言った通り相応のことをしたからだ。
辛くて苦しくてもこの僕にとって大事なことだった。
その過去を消したくない。
思い出は大切にしないとね。
そういえば、田中とはもうちょっと明るい思い出話しとかでもすればよかったな。
不意に、また嫌なことを思いつく。
過去からすれば今が未来だ。
その未来を確定させるにはどうすればいい。
ああ、なんでこんなこと思いつくんだ。
こういうことは簡単に思いついちゃうのって、ほんとなぜなんだよ。
僕の今があるのは転生したからだ。
この未来に行きつくには転生、つまり、僕はあの時死ななきゃいけない。
あの不可解な突然死の理由を考えれば、答えは1つ。
これをやらないと今がないのであればやるしかない。
ああ、そうか。
運命は自分の手で作っていくものなんだ。
そして、未来から過去を変えることが出来てしまうんだ。
後のことは追々考えよう。
ははは、我ながら狂ってる。
次回、イカ追いクエスト11
「さりとてやらずにいられない」 - 1