イカ追いクエスト9「かみさまお願い助けてよ」 - 2
【前回までのあらすじ】
なぜ、そう思わずにはいられない。
イカ焼きを口にするAZに勝負を挑んだ存在。
それはイカつい顔をしたあの大王イカであった。
研究室に入ると、研究者がいつまで待たせるんだと怒ってきた。
テテツさんと話して確かに遅れたけど、そこまで遅くなってない。
まったく、こういう研究にのめりこむ人ってどうしてこう、せっかちなんだろ。
得意のへらへら顔で謝っていたらテテツさんがうまく取り持ってくれた。
ようやく時間魔法の応用について話を聞ける。
テテツさんが話を要約してくれたおかげで大体わかった。
時間魔法の応用は可能である、つまり過去を対象に設定できるというのだ。
時間の設定方法について教えてくれた時のテテツさんはとっても嬉しそうにニヤニヤしていた。
その顔は、なんだか懐かしかった。
「設定方法はずばり、イメージした時間だそうだ」
「は?イメージした時間?」
話を聞いた途端、僕はとても不安になった。
不安げな僕を見てテテツさんは声を上げて笑いだした。
懐かしさを忘れ憎らしさを感じる。
その方法はあまりにも漠然としていて、不確実な方法としか思えない。
その理屈でうまくいく根拠は?と聞き返す思考さえ奪われてしまっていた。
あー、だから誰もこの人に協力しなくて、時間魔法は手付かずの状況だったのか。
うーん、だ、大丈夫なのだろうか。
失敗したら、どうなるんだろう、どうなるんだ?
どんどん不安になってきた。
「ま、起動実験は私も立ち会うことにしようかね」
「それはもう、ぜひ。最後まで一緒ですよ」
かつての天才たちの優秀さをしみじみと感じた。
いつもの機材調整からテスト実施までの時間はゆったりと流れた。
どこから持ってきた技術なのか、なんとテテツさんは召喚術を1人で起動できるシステムを構築したという。
これがあれば僕1人でも実験できる。
しかも後付けで出来るからどこの設備でも同じように操作可能らしい。
すごい技術で、もはやこれ自体が魔法のようだ。
いったい誰が作ったんだ?
かくいう僕はなんだかやることがなくて、ぼんやりと過ごした。
というか、とにかく余計なことは何も考えないようにした。
だけど時間はある。
もうたっぷり余ってるので、今出来ることをしようと思い立つ。
まずはこの実験の被害者になるかもしれないということを踏まえ、念のため実家の部屋に遺書を書き置いた。
何を書いたらいいのか思いつかず本屋を探索。
けどさすがに遺書のテンプレ集なんて本はなく、仕方ないから小説を教科書にした。
先立つ不孝をごめんなさい、的な感じだ。
書き始めたら次第に悲しくなってきた。
過去に向かう僕の未来へ、生還を祈ろう。
運命のテスト当日、テテツさんは約束通り来てくれた。
「エイゼット、時間を遡って何を見るかはもう決めているんだろうね?」
「はい」
「よろしい」
いつになく少ないやり取りだった。
と思ったらテテツさんは最後に一言つけ足してきた。
ニヤつきながら言う。
「人生の最後、覚悟はできたかね?」
「ええ、そりゃもう。バッチリできてますよ」
まったく、どういう意味で言ってるんだか。
実験場はテテツさんのつてで用意してもらった。
中に入ると準備は整っていて、あとは僕が術を使うだけ。
配置につこうとした僕にテテツさんが話しかけてきた。
「君にこれをあげよう。プレゼントだ」
「なんですか?これ、お守り?どこで」
「このお守りはタフツタウタと呼ばれている」
「えっと、そうなんですか。ん?この柄、動物かな。狸?」
「うむ。そのお守りはスーデソウという聖なる狸の加護が宿っているそうだ」
「へー、なんだか特別っぽいお守りですね、ありがとうございます。大事にします」
「ああ、特別なものなら効果があるだろうね」
ふふふ、と含み笑いをしながら離れていった。
なんだろう。
また何かを、この実験で何かを企んでるのかな。
僕は結局今までと同じことを繰り返すことになるのか。
テテツさんは何を仕組んだんだ?何かある気がする。
それを読み解かないと。
考えるんだ。
狸のお守り、これに何か仕掛けがあるのかも。
考えろ、利用されるなんてもううんざりだ。
聖なる狸の、うぅ、きっとなにかが、なにか。
必死に考え、そしてついに僕は真実に気が付いた。
あー、ああそうか。
そういうことか。
あのじじい。
死んだら化けて出てやる。
手のひらで踊った悔しさを抱きながら僕は配置についた。
召喚術か。
この感じ、なんか久しぶりだ。
周りにある機材が起動する。
展開される召喚術。
時間魔法の起動も確認。
僕は手を合わせ、つよく、つよーくイメージした。
どうか、どうか。
広がるゲート。
2度目の転生とか冗談でもしたくない。
こんな、こんな実験で死んでたまるか。
ここ数日この瞬間のために何度もイメトレしてきた。
ふと、イメージのイメトレってなんか変だな、ああ余計なこと考えちゃったよ、と思った瞬間召喚ゲートが大きく膨れた。
膨れ上がったゲートはいつもとは違う感じで次第に収まっていく。
どうやらゲートに時間魔法を付与して開いたことで起きた現象のようだ。
失敗したのかと心底驚いた。
余計なこと考えちゃったから焦ったよ。
事故が起きなかったことに一安心。
そして実験も成功だ。
もしかしたら自分の死のイメージが強くなってたのが幸いしたのかもしれない。
それが自分の最後の瞬間と結びついたのかも。
面前の光景は、当時の自分が職場で仕事をしている姿が見える。
キリがいいところで資料の保管部屋に移動して、そこで僕は倒れた。
突然だった。
何の前触れもなく僕は胸を押さえて苦しみだした。
見ていると息が詰まる。
ここにきてその時の苦しみが思い出された。
もしかしたら目の前の光景をイメージしてしまっただけかもしれないけど、とにかく苦しかった。
自分の死ぬ姿なんて、目にしたのは世界でも僕くらいだろう。
テテツさんは僕らのことを、平然と見ていた。
目に映るかつての僕はほとんど微動だにしない。
少し痙攣してたけど、それも収まってきた。
資料室のドアを開けて僕を見つけた田中は、戸惑いながらも成り行きをただ見ていた。
あいつはやっぱり何もしなかったんだ。
でもその通りで、あいつは本当に何もしてない。
助けようともしなかった。
記憶は正しかった。
僕の記憶も正しく、あいつの言葉も正しかった。
これは事件じゃないってことだ。
急な発作による心臓麻痺、見る限りそれは正しい判定に思えた。
これ以上はエネルギーの都合上、稼働できず終了することになった。
実験は成功だ。
知りたかったことも判明した。
僕は召喚術研究所を追い出されることはないかもしれない。
一時的なことだろうけど。
だけど、なんだかどうでもよくなってきた。
自分は恨みを買ってたわけじゃない、それは嬉しい。
だけど、これまで僕は自分の死に何かあると思っていた。
強く思い込んでたから、この結果は自分の期待を裏切られたようでショックだった。
安堵と妙な失望から、感情がうまく整理できない。
急に疲れを感じた。
とてもだるい。
どうしよう。
目的が何もなくなっちゃった。
これからどうしたらいいんだ?
次回、イカ追いクエスト10
「みとめたくないことだけど」