イカ追いクエスト8「のんびりするのも悪くない」
【前回までのあらすじ】
イカリングとなった三騎士。
休む間もなくおそイカかる阿吽のイカ。
AZの戦いはまだまだ続く。
ぼんやりと毎日を送っていて、召喚物研究所ではミスばかり。
周りの不信感が強くなってきて、中には煙たがる人もいる。
先輩たちからは、責任ある立場なんだからちゃんとしなさいと言われた。
メイさんには会っていない。
テテツ所長も、もういない。
なんだか自分だけ異界にいるような心地だ。
現実感がないというか、気づくと夜になってる。
毎日そんなだ。
何もしたくない。
休まる場所を考えていて思い出したのはここ数年、実家に帰っていなかったこと。
だから帰ることにした。
今住んでる所からそんなに離れてないのに、随分遠く、そしてすごく懐かしく感じた。
家に入ると、父さんがいた。
「よっ、おかえり」
相変わらずの調子で軽い挨拶をしてきた。
こうしてみると、この人の適当さって安心できるものなんだなと思う。
自分の部屋に行こうとしたら珍しく呼び止めてきた。
「酒でも飲むか?」
「いらない」
「そうか。そのうち母さんも買い物から戻るだろうから、それまで部屋でゴロゴロしてるといい」
「言われなくてもそうするよ。じゃ」
普段適当なくせに気遣いなんて。
慣れてないからか、不器用なのか、短いやり取りにぎこちなさを感じた。
もしかして不器用だからあんな風に気さくそうに振舞ってたのかも。
父さんは、僕のことをどう思っているのだろうか。
部屋に入ってベットに倒れこむ。
懐かしい肌触りの布団からは特に香りを感じない。
それがなんだか心地よくて気づくと眠っていた。
夢を見ていた、と思う。
遠いどこかにいる僕。
だけど、なんだかちょっと違和感がある。
夢の中の僕は理知的な感じがした。
メイさんと一緒に働いていた時のような、楽しかったあの頃に似てるようでちょっと違うような感じ。
夢だからか。
彼は大事なものをなくしてひどく悲しい気持ちで心がいっぱいになってしまった。
どうにかしたいのにどうにもならない。
気が狂いそうになる。
そして私は大変なことを。
目が覚める瞬間、不意に何かが見えた気がした。
なんというか、モノじゃない。
そう、ひらめきだ。
起きた時にそんなことが漠然と頭に残っていた。
気分は重いまま。
でも寝たおかげか、思考がクリアに感じる。
夢で掴んだ何かを思い浮かべようとしたけど、上手くいかなかった。
母さんが帰ってきて、みんなでご飯を食べた頃には内容をすっかり忘れてしまった。
とても重要なことだった気がする。
何だったんだろう。
もどかしさでまた気が滅入る。
その日はぐっすり眠った。
夢の続きは見ていない。
少なくとも起きた時に覚えているものはなかった。
出勤する気が起きず休むことにした。
連絡をいれたけど、特に咎められもしなかった。
もう不要なのかもしれない。
あそこまで研究が発展した今、僕の価値もあまりないのかも。
そうだ、これを機に転職しようかな。
もう全部忘れちゃえばいい。
何も今の仕事にしがみつく必要はないんだ。
嫌ならやめればいいのだ。
環境が変われば今抱いていることをうまく消化できるようになるかもしれない。
そうしよう。
思い返すと、僕は将来について考えたことがなかった。
どんな仕事に就きたいのか。
キャリアの積み方。
夢を抱いてそれを叶える道筋を考える。
その点で言えば召喚術のことは随分考えたものだ。
むしろ研究のことばかりで他のことを考える暇がなかった。
いや違うか。
考える必要がなかったんだ。
本当に充実した日々。
きっと召喚物研究所に来た頃の僕は、今とは全然違うんだろうな。
これは成長だろうか。
人間性の成長って自分では中々わからない。
父さんのことがわかってきたのは成長したってことだと思える。
それとも単に反抗期が終わったから?
とりあえず、これまでの経験は無駄ってわけじゃなかったんだろう。
でも、もっといい道があったはずだと思えてならない。
もしあの頃の僕と話すことが出来たら、今後の進路について議論するだろうな。
まぁ、エイゼットくんは聞く耳持たないだろうけど。
そうか。
過去の僕と話す。
これだ。
夢の終わりで得たひらめきはこれなんだ。
そうだよ、すべての異界の時間の流れが同じとは限らない。
というか時間の概念なんてそもそも関係ないんじゃないか?
だから召喚対象を過去に設定することだってできるはずだ。
過去に設定できるなら、僕の最後の瞬間を見ることだって。
いやいや、だめだ。
そんなことばかり考えてるから辛い思いをすることになったんだ。
どうせ田中が言った通り病気で倒れたんだよ。
期待して調べても意味はない。
また同じことを繰り返すだけ。
もう、このまま終わらせてしまえばいい。
だけど、だけどもし可能なら僕は今日までの時間を意味のあるものにできる気がする。
時間軸の設定、研究する価値は十分あるはずだ。
ついでに、真相を確認すればいい。
ついでだ。
僕がいた頃の時間をテスト対象にしてしまおう。
最終目的を別にすれば途中で挫折することもなくなるかもしれない。
そうだな、魔法の起源を知る、とか。
うん、これなら研究価値はあるはずだ。
みんなも納得してくれるに違いない。
本音を言えば、いまさら違う仕事なんて考えられないや。
ここまで来たんだ、もういけるとこまで行こう。
失いものなんて何もない。
今さえ良ければそれでいい。
そうだ、欲しい結果があるなら過去から得ればいいだけなんだ。
ふと、思う。
僕は自暴自棄になっているんだろうか?
気が付くとちょっと前に考えてたことと真逆の考えを進めていることがちょこちょこある。
起動修正したというか結局ブレないんだよな。
考えるのがめんどくさくなっちゃうからか。
もっとちゃんと考えろって先生に言われたっけ。
僕はどうすればいいだろうか。
ほんと、どうしよう。
考えたからといって過去にアクセスするなんてそうそうできるものじゃない。
メイさんや先生ならともかく、僕には荷が重い。
とりあえずできることから進めてみよう。
それまで今のまま過ごす。
それでいい。
身の丈に合ったことをして、その中でやりたいことをすればいいんだ。
不意に先生の姿が頭に浮かぶ。
なぜだか、これ以上間違ったことをしないように僕を支えてくれる気がした。
人との出会いって不思議だな。
誰と出会ってどんな関係になったかで自分の人生が大きく変わる。
次回、イカ追いクエスト9
「かみさまお願い助けてよ」 - 1