イカ追いクエスト6「かりそめの平和は崩れ去る」 - 1
【前回までのあらすじ】
頭の中で響き渡るイカの声。
AZは呻きながら頭を抱えた。
イカんせんイカの言葉はわからない。
メイさんに止められた召喚だったけど、とっさに保存した田中家の座標データはちゃんと記録されていた。
その情報を抜き取って元のデータを削除、これで自分がこそこそしている証拠はここには残らない。
それにしても、今後確実に進めるにはどうすればいいのか。
数々の難題を乗り越えてきたけど、最後の壁が厚く高すぎる。
あの人を説得するのは無理だ。
別の施設でやってみるか?
いや、僕の行動がメイさんや所長にでも伝われば同じことか。
はぁ、次の稼働日はいつだっけ。
とりあえず現状維持かな、下手なことするより黙って様子を見よう。
と思ってたけど案外チャンスはすぐにやってきた。
自分1人で装置を操作していられる時間ができたのだ。
その日メイさんはいなかったし、戻ってくる気配もなかった。
そして召喚術起動後、みんなはずっとそこにいるつもりでいた。
なのに、急に火災報知機が鳴り始めてみんな驚いて出ていってしまった。
僕はというと、自分だけ取り残されてすごく困っていた。
実はこの機材、ちゃんと終了しようとしたら1人ではできない。
しかも僕のポジションは持ち場を離れると結構危険なのだ。
ゲートが歪みそこから両者の世界に物理的な影響が発生する可能性がある。
簡単に例えを言うなら、地盤ごと建物が陥没するような大変危険なことになる。
なので前回メイさんに見つかって強制停止した時のことは運がよかったのだ。
とても。
あの時、もしかしてたらお説教程度の話じゃなくなってたかもしれない。
自分のことしか頭になかったからついついやってしまった。
だからすごく怒られたんだけど。
メイさんごめんなさい。
さて、僕は報知機が鳴った状況がさっぱりわからず、けど離れるわけにもいかないから仕方なくそのまま調査を続行した。
もちろん自分のだ。
そうそう仕方なくだ。
田中家を見てみると、どうやら家庭を築いたようで複数人の衣類や家具が確認できた。
しかし今日は誰もいない。
そのまま家内を探索するとどうやら田中の部屋と思わしきところに行きついた。
あ、この家の人みんな田中か。
でも下の名前知らないし、まあいいか。
部屋の中を見ても特に特徴もなく適度に整頓されてる。
まずは今日の調査がいつ中断してもいいように田中へ会いに行く旨のメッセージを残す。
「おまえを知っている。どこにいても見ている。逃げられると思うな。必ず真相を掴んでみせる。異界からおまえを追って」
うーん、なんか脅迫状みたいになってしまった。
書き換えようかな。
そうだ、短く簡潔に要件が伝わるように、かつ不信感を煽らないように明るくしよう。
「よっ、転生しちまったい。死んでからも元気だ、また会おうぜ」
これは、なんというか、やめておくか。
天国いいとここっちへおいで、みたいな感じだし。
丁寧な文章にしておこう。
会って話したいってことが伝わるように。
「ごきげんよう。いつもあなたを見ています。近いうちに会いに伺いたく存じます。最後に会った時のことを思い出すといてもたってもいられません。諦めるつもりはありません。再会を心待ちにしております」
うーん、ちょっとやばい恋文みたいになった。
いきなり自室にこんな書置きあったらぞっとするな。
さすがにやめておこう、これじゃ会っても逃げられそうだ。
というか内容に関わらず部屋に戻ったらいきなり手紙っていう物理的な異質なモノがあって怖いよね。
そう、世の中で最もこわいのは想像してないことが現実に起こることだ。
想像できなくても何か準備が出来てたら違うのかな?
なんにせよ名乗らないと誰かわからない。
だけど名乗りたくても名乗れないんだよなぁ。
不思議なことに転生してから今日まで自分のことがあんまり思い出せない。
過去の記憶はあるけど自分の個人情報になるとするっと抜け落ちてて、なんと僕は自分の名前が思い出せないのだ。
何度も目にしてるのに記憶に残らない。
メモしようと思うと気がそれちゃう。
会社は自分固有の情報じゃないから思い出せたのかな。
あとどこに住んでたか、とか家族はいたのか、とかうまく思い出せない。
断片的に少しは浮かんでくるものはあるけど、どうにも要領を得ない。
最期の瞬間は覚えてるのに、不思議だ。
魔法にかかっているかのようだ。
やめようかと思ったけど最初のメッセージを残すことにした。
どういう反応をするか見てみたい。
何かボロをだすかも。
いま向こうの時間は、お昼過ぎのおやつ前って頃合いか。
戻ってくるのを待つのは無理だな。
というかこっちがあんまり待てないんだけど、みんな早く戻ってこないかな。
あ、そうだ。
田中家のもの、いくつか物色しておこう。
面白いものがあった、って言って次回の調査対象をここにしちゃえばいいんだ。
ふふふ、なかなか賢いじゃないかエイゼット君。
いやいや、ダメでしょ。
急にモノがなくなったら僕が怪しまれる。
そうしたら信頼を失って協力してくれなくなっちゃう。
まったく、我ながらなんてことを考えるんだ。
それから色々考えてたらみんな戻ってきて慌てて装置を停止してくれた。
「ごめんエイゼット、こっちのこと忘れてたよ」
「いえいえ、僕の方は何事もなく順調でしたよ。そっちは何があったんですか?」
「それが報知機の誤作動だったらしい」
「じゃあ火災は起きてないんですね、よかった」
「そうね。けどもしかすると誰かのいたずらかもしれなくて。そういう話してて遅くなっちゃった。それで今後どうするか警備の人と話して、とりあえず彼らが見周りの強化と調査をやってくれることになったよ」
「へぇ、いたずらか。ちょっとこわいですね。何が目的なんだろ?」
「さあねぇ」
先輩から状況を確認した後、こっちの成果を伝えて今日の調査は終わった。
次回、イカ追いクエスト6
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