底辺VTuber、“あの子”と出会う
画面から出てきた手に引きずり込まれた恐怖は思った以上に束の間だった。先ほどから地に足を着いている感覚がなく、前方からの風をずっと感じている。多分前に進みながら飛んでいるんだろうな、とわかった。
先ほど反射的に閉じた目をそっと開けてみると、思ってる以上に高く浮いていることがわかった。そして辺りを見回すと、隣で一緒に浮いている見覚えのある小さな女の子がいた。
まさかあの子じゃないよな……と思いその子の横顔をジッと見つめていると、私の視線に気が付いたようでこちらに顔を向けて「こんにちは♪」と、言いながら微笑んでくれたと同時に私は驚いて大声をあげてしまった。
「え、えっ!?まままままりにゃ!?!?」
「あら、私を名前を知っているんですか?」
「まってまって、本当にまりにゃなの!?」
先ほどから一緒に浮いている女の子──まりにゃは口に手を添えて驚いていた。けど私はそれ以上に驚いている。
私はまりにゃの名前を知っているどころではなくて、まりにゃは私の推しVTuberなのだ。
まりにゃは10歳の小学5年生なのに言葉遣いが丁寧で、見た目に関しても腰まである長いの髪と合わせて見るととても大人びている。青空のように落ち着いた水色のロングの髪は画面で見ても綺麗だったが近くで見ると絹のようにもっと綺麗に見える。
ちなみに、好きな食べ物や座右の銘など、まりにゃが配信で喋ったこと全て頭にインプットされているくらいに好きな子だ。
「では知っているかもしれませんが一度自己紹介をさせてください。私は“榎坂まりな”と申します。貴方様もご存知の通り、3次元ではVTuberとしてはフューチャーネクストに所属してます!お気軽にまりにゃとお呼びください♪」
「わ、わたしは篠宮莉奈!お気軽に莉奈って呼んでください!」
「ふふっ、では莉奈さんと呼ばせていただきますね♪」
自己紹介を聞いて「本当に本物なんだ……」と、感動のあまり言葉が詰まってしまった。
「莉奈さんはこの世界のこともご存知ですか?」
「この世界……?そうだ、ここは何処!?なんでまりにゃが私と同じ次元にいるの!?もしかして夢!?てかなんで私たち宙に浮いてるの!?」
まりにゃと出会えた喜びですっかり忘れてたけど、パソコンの画面に引きずり込まれたと思ったら知らない世界にいて、挙げ句の果てに宙に浮いてるのはどう考えてもおかしい。
莉奈がまりなに怒涛の質問攻めをすると、まりなは目を回していた。
「わ、わ、わ、落ち着いてください……!まずこの世界についてお話させてください!」
気を取り直すかのようにまりなはコホンッと咳払いをし、説明をし始めた。
「まず、この世界はNEW LIFEというゲームの世界です。NEW LIFEというのは──……というゲームです。もっと簡単に言うとプレイヤーの身体はゲームの世界に転生するのでゲームというより異世界転生と言う方が近いかもしれませんね。ちなみに宙に浮いているのは魔法のおかげです♪」
まりにゃが説明してくれたのは、ここに来る前に読んでいたゲーム詳細と全く一緒だった。
「一応ここに来る前にゲームの詳細は元々見ていたので、なんとなくはわかった。けど、ゲームの世界に入り込むってどういう仕組みなの?非現実すぎて脳が追いつかなくて……というか魔法って、まりにゃは一体何者なの?」
突然パソコンから出てきた手に掴まれ画面の中に引きずり込まれてしまった。この一文だけでも非現実的すぎるのに推しと出会ったり異世界転生をするなど、中二病設定すぎて都合のいい夢なのではないかと疑ってしまう。
そんな莉奈の疑心暗鬼気味な視線に気付いたのか、まりなは教えてくれようと口を開いた。
「ゲームの世界に入り込めるのは魔法のおかげです。そしてその魔法が使える理由、それは元々このゲームのキャラクターだからです。」
「ん!?ゲームのキャラクター!?」
まりなは「すっかり言い忘れてました」と言いながら頬を掻きながら苦笑した。
まりにゃがゲームキャラクターだったとは思ってもみなかった。今真実を聞いて驚いたが、今思い返してみると1人だけデビュー日から3Dだったし、背景真っ白だったし、現実世界に関係する質問とか全然答えられてなかったなぁ……と思い当たることが多くあり、自分でも驚くほど腑に落ちた。
「え、じゃあ、まりにゃは本当に現実世界に存在しないってこと……?」
「はい。莉奈さんの言う通り、私は現実世界には存在しないんです。ゲームの世界とこの真っ白な世界だけで生きています。VTuberとしては、元々の顔が2次元の顔なので、そのまま配信しているんです!この世界にいるときは体が3Dになるので自由に配信できるんです。ゲームの世界に入ってしまうと同じ言葉しか喋れないし体を動かせないので……。」
まりなはそう言いながら少し寂しそうな表情を見せた。
「そうだったんだ……。ちなみにこのゲームって、私以外にプレイした人はいるの?」
あわよくば先にプレイしてる人と一緒に行動して世界を見て回りたい。──なんて、そんなのは甘い考えだった。
「実は莉奈さんが1人目なんです。」
……え?
「ごめん、ちょっと幻聴が聞こえちゃった。もう1回言ってもらってもいい?」
「莉奈さんが1人目です!このゲームの初プレイヤーです!」
……1人目と言ったのは幻聴じゃなかったらしい。
絶望している私をよそに、まりにゃはニコニコと話し続けた。
「条件が合う人は数人居てもNEW LIFEに興味を持つ人が全然見当たらなかったので、莉奈さんがゲームに興味を持っていただけて本当に助かりました♪」
世界一可愛い推しの心から嬉しそうな笑顔を見てしまい、つい「別に1人目でも良くない?」という感情が出始めてきた。オタクの悪い癖だ。
「もう一度確認するけど本当に私1人目?そんなにこのゲームをプレイするにあたっての条件難しかったの?てかゲームをプレイするための条件ってなに!?」
NEW LIFEはオンラインショップで見つけたものだ。やろいと思えば誰でも出来る。
しかもRPGでやり込み要素がありそうだから興味を持つ人も少なくないはず。疑問がどんどんと出てくる。
「このゲームをプレイ出来るのは『承認欲求が強い人』『メンタルが強い人』『毎日コツコツ努力出来る人』『後悔をしている人』『異世界に転生したいと思っている人』この5つの条件をクリアした人なんです。そしてその条件をクリアした直後にこのゲームがその人の目に一度でも入るよう仕組まれているんです♪」
無理矢理とかじゃなくて目に入るように仕組むだけなんだ、と変な律儀さにくすりと笑ってしまった。
まりなはそんな莉奈を気にせず目を爛々とさせ話し続けた。
「だから私、最後2つの条件に当てはまる人たちを探すために共通点を探したんです!そしたらなんと、転生したい人はVTuberをやってる人がとても多かったんです!そしてそのままVTuberに興味を持ち、特に転生したいと思ってるVTuberが多い事務所に頑張って入ったんです!潜入捜査というやつです♪」
そう言って自慢げな顔をしたと思ったら、「まぁ後悔する人は全然いなかったんですけどね、」と言いながらまりなは苦笑した。
このコロコロと変わる表情、たまらなく好きなんだよな……。
けど話を聞いていて思った。自分で言うのは少し憚られるが最初の3つは自覚がある。承認欲求が強いしメンタルも強い、毎日コツコツ努力は成果が出るから嫌いではない。
ただ、最後の2つが何もわからない。後悔した記憶も転生したいと思った記憶もない。なんだろう……と悩んでいると
「ゲームを見つける前に後悔したり転生したいと思ったりしませんでしたか?最初の3つは性格的なものなので、基本的には産まれた時点で条件が合う人はクリアになるんです。なのでゲームを見つける直前に思う方が多いはずなんですけど……心当たりはありませんか?」
と、まりにゃが教えてくれた。
「ゲームを見つける前……?──あっ。」
✥
『────他のVTuberたちを見ると綺麗でかわいい子たちが多くて羨んでしまう。いっそのことお金を貯めて1からやり直す──転生をしようかな────』
✥
「うわ……そうだ、思い出した……」
ゲームを見つける前に考えていたことがふと頭をよぎった。まさかとは思うが、VTuber界隈の転生と間違えられて条件達成してしまったのでは……?
「心当たりありましたか……?」
まりなは不安そうに莉奈を覗き込んだ。
私はとてもじゃないが転生の意味が違うなんて言えない。先ほどまで条件をクリアした人を見つけたと大喜びしていたまりにゃを悲しませたくはない。
とはいえ嘘を付くわけにもいかない。そう思い、莉奈は意を決してまりなに真実を伝えた。
「あの……とっても言いづらいんだけど、その……私の思ってた転生とはちょっっっとだけ違うかも……?なんて……」
私がモゴモゴしながらそう言うと、まりにゃは空中でピタッと止まりサーっと顔が青ざめていき、次第には大きな瞳がうるうると潤っていった。
それを見た瞬間、私の脳内には「推しが私のせいで泣いてしまう!」という考えしか出てこず、咄嗟に頭より先に口が動いた。
「ま、まぁ同じ転生だしそんなに変わんないよね!てか紛らわしい言葉がある方が悪いよね!?まりにゃは悪くない!!そう!そういえば私、異世界に転生するのが昔からの夢だったんだよね〜!行けるなんてアニメの世界みたいだなー!あははは……」
推しを泣かせたくない、そんな一心で喋った故に内容は自分でも理解できないことばかり口走っていた。多分今の私の笑顔は引きつっているだろう。
この苦し紛れのフォローが逆効果だったのか否か、今のまりなの瞳には涙が溢れそうなほど溜まっていた。
「ごめんなさい、私知らなくって……。だから転生をしたいと思ってる人はVTuberの方々に多かったんですね……」
「待って、そういえばそうじゃんか……」
まさかの思ってもみないところでダメージを食らってしまった。
さっき言ってたけど、まりにゃの所属事務所に入ってる人たちは転生したいと思ってる人多いんだったよな……もしかして……なんて悪い方向に考えてしまい、つい遠い目になってしまう。
まりなは瞳に溜まっていた涙を袖でグイッと拭き、こちらを向いて言った。
「莉奈さん、こちらの間違いで連れてきてしまい申し訳ありません。現実世界に帰してあげたい気持ちでいっぱいなのですが、莉奈さんがSTARTボタンを押してしまった以上、帰してあげられないんです。」
もちろんこの世界に呼ぶように仕向けてしまったこちらが悪いのですが……と、俯いて申し訳なさそうにしていた。
私としては普通にゲーム性が気になって始めたから問題はないと言いたいところだが、まだこのゲームを深く理解できてないのもあり不安は拭えない。
「ちなみに現実世界に戻るためにはどうすればいいの?」
莉奈がそう尋ねると、まりなはおずおずと口を開いた。
「戻る方法は───……ありません。」
✧後書き✧
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