サラリーマンは水鉄砲で遊ぶのか
「あちーっ」
もうすっかり夏だ。飛び込み営業をしていた俺は、滴る汗をぬぐいながら、緑が生い茂る公園に立ち寄った。寄って正解だった。木陰にベンチがある。(よっこいしょ 。はぁ……、 疲れた)座った途端、
ぴゅぴゅっ!ぴゅ―――!!
俺から離れた場所で、水鉄砲で遊んでいた少年らの水が、俺の髪にかかった。
「はぁ?」俺は腹が立った。が、もうすぐ30歳になる。ふぅ……と、深呼吸して立ち上がり、びしょ濡れの少年2人に、俺は声をかけた。
「ねえ、 俺の髪、濡れたんだけど?もっと遠くで遊ぼうか?」
『はーい』
10歳くらいの少年2人は、謝ることすらしなかったが、遠くへ行った。
「はぁ……。 今どきの子どもは――」
そう言いかけたら、
ぴゅ―――!
また水がかかった。今度は肩にかかった。買ったばかりの水色のシャツは、濡れた所だけ青くなった。
「おい! お前らなー!」
俺が立ち上がり、2人に怒鳴ると、
「うるさいなー! じゃあどっか行けば?」
体格の良い、生意気そうな顔したガキが1人、俺に向かって来た。
「少し濡れるくらいよくない? かわくじゃん!」
「はぁ!? 先にごめんなさいだろうが」
「ちょっと! たっちゃん!」
もう1人の丸眼鏡の少年が、たっちゃんと呼んだ、体格の良いガキを止めに走ってきた。
「ごめんなさい、この子、悪い子ではないんですぅー」
丸眼鏡の少年は、母親のようにたっちゃんの頭をぐいぐい押し、頭を下げさせている。
「やめろよ! ゆうじろう」
「いいから、たっちゃん謝って!」
「イヤだ!」
「……おい、水かけさせろ」
俺は無意識でそう言っていた。
「「え?」」
たっちゃんとゆうじろうはキョトンとしている。
「お前らが俺に2回水かけたから、俺にもお前らに2回水かけさせろ」
たっちゃんとゆうじろうは顔を見合わせ、驚いた様子だったが、やがてたっちゃん1人が俺にゆっくりと近づいてきた。
「ほら。オレのだけでいいだろ!」
たっちゃんは持っていた水鉄砲を俺に差し出した。
「オレだけにかけろ。ゆうじろうにはかけるなよ」
すでにびしょ濡れの2人だ。誰が誰にどう水をかけようが何の問題もないようだったが、一歩前に出たたっちゃんはとても凛々しい。たっちゃんにすがりつき、俺をチラチラ見てはビクビクしているゆうじろうを、たっちゃんは左手で囲って守っている。
「やっぱいいや」
俺は差し出された水鉄砲を取らず、先ほどまで座っていたベンチへ向かった。
「かかった水で頭が冷えたよ。ありがとう。水を差して悪かった」
(うまいこと言えたな)俺はそう思いながら、カバンを拾い、公園を出た。すると、たっちゃんとゆうじろうの楽しそうな声が聞こえてきた。
『少しぬれるくらいよくない?かわくじゃん!』
たっちゃんが言い放った言葉、確かにそうだなと思う。現に髪もシャツもすでに渇いて元通りだ。
「ちょっと客に断られたくらいが、なんだ」
俺は雲一つない青空にそうつぶやいて、颯爽と歩きだした。
昔のメモをヒントに、短編小説を書きました。