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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

7分

作者: 佐古三冬

死ぬとはなんだろうか。息が止まる、心臓が止まる、永遠に眠る、人生が終わる、なくなる。

毎日の通学で変わらない景色を見ているとよく考える。今、ここで足を踏み出したら死ぬのだと。

人が溢れかえるホームで、話し声、アナウンス、電車の通る風の音、それらの雑音から逃げるようにイヤホンつける。音は流さない。ただ少しだけ静かにして欲しいだけ。

1歩、たった1歩踏み出すだけで、この人生が終わる。初めの1歩とは逆のことが起きる。それでも私の足は動かない。理性が働いているから。残したこと、後のこと、損得、それらを考えて、死なない。でも、それらを考えて、死にたいと思ったら私はこの1歩を踏み出すのだろうか。踏み出せるのだろうか。

電車が来た。

電車が来るまでの7分毎日考える。何となく死に憧れを抱いてる私は、この7分が一日を作り出す始まりなのだ。



あの日も、いつもと同じだった。いや、少し違っていたのかもしれない。思い当たるのは、ここに来る途中に靴紐が解けたこと。ほんとに些細なこと、いつもなら何も考えずに結び直すのに、この日はいつもより時間がかかった。ただ紐を眺めていた。

ホームに来た。いつもの時間だ。死とはなんだろうか。この1歩を踏み出せば私は死ねる。

頭が酷くぼんやりとしているのを感じた。まどろみの中にいるような、世界がはっきりとせず、うるさいはずの雑音も一切聞こえなかった。

足が動いた。

動いた。私の意志とは遠いところにあるように感じた。ゲームでアバターを動かすように、何も感じず、ただ足だけが前にいく。ただただ。体が軽く感じる。羽が生えたようだ。線路が見えたきた。いままで見たことがなかったけど、こんな風になっていたのか。発見だ。風が吹いて髪が踊る。嗚呼、櫛をしなくては

スローモーション。

落ちた。落ちた。落ちた。世界がはっきりとする。電車の音、周りの人の悲鳴。運転手さんの顔。全てがゆっくり流れている。私は何をした?飛び降りたのだ。嗚呼死ぬのか。周囲の雑音が遠のいていく。また私だけの世界へと逃げていくのを感じる。そうすると聞こえた。心臓の音だ。心臓の音がする。体に鳴り響いているうな大きさ。でも遅い。早いと思っていた鼓動はそうではなかった。私の鼓動は何も変わらない。どうしてだろうか。焦りも、悲しみも、何もかも感じない。毎日恋焦がれていた死とはこんなものだったか。こんなに呆気ないものだったのか。物語のように盛大なクライマックスなどない。何故か今まで過ごせてきた生活が無くなるだけ。当たり前が当たり前じゃなくなるだけ。

目が合った。

運転手だ。表情は見えない。だけどその目だけは感じることができた。目だ。相手が何を考えているのかなんて分からない。暑いの冷たいのか、驚いているのか、泣いているのかそんなの分からない。ただ私を見つめる目がそこにある。腹の底から何か込み上げてきた。言葉にできない、熱い熱い何か。遠い昔に感じた何か。嗚呼、あれに似ている。小さい頃のなんで泣いているかも分からないほど癇癪をおこしたあの感覚。全身が熱く、鼻がツンと痛く、鼻水が流れ、頬を覆うほどの涙がカピカピに乾いている。そう乾いている。私はいつ泣いていたと言うのだろうか。拭わなかった涙など記憶にない。違う。私はきっと最初から泣いていた。靴紐を眺めている時も、電車を待っている時も、きっとずっとずっと泣いていたのだ。

そうか、私はもうとっくに壊れていたのか。

衝突。私の体は電車に張り付いた。

痛みはなかった。いやきっとあったのかもしれない。でも私は感じなかった。空だ。青空。今日は天気が良かったのか。見上げたことなど1度もなかった。空に顔を晒すなんてことしようとさえ思わなかった。嗚呼、こんなに綺麗なものだったのか。目の端に映る駅の天井が、日光を受けてひかり、そしてその光を他の場所へと共有している。綺麗。綺麗だ。この景色はいつもあったのか。毎日、私と共に、同じ空間にいたのか。勿体ないことをした。

嗚呼、死にたくなかったな。


踏み出しのを、勇気と称し称えるか、間違いと称し憐れむか。

その人の人生が分かる。

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