生まれた理由
「生まれた理由」 渚編
俺が生まれたのは、晶が生まれる二年前だった。
誰かの遺体をもってして、俺が生まれた。
そして最初の記憶は、高津家の当主白夜が、俺に名前と命令を下した時だ。
「渚・・・お前の主は俺だ。そしていずれ生まれてくるであろう、松崎家息女の命を護れ。それがお前の生まれた理由、そして死ぬ理由だ。」
その言葉で俺は、すべてを理解した。
簡潔なその生まれてきた理由を、これから命尽きるまで果たしていくのだ。
俺はその後、人間らしい生活を送るため、屋敷に住みながら他の使用人達と同じように仕事をした。
言葉は理解できたが、話せるようになるまでは二か月程を要し、簡単な掃除などの仕事をこなしながら、空いた時間に書斎の書物を読み漁り、一族の歴史やあらゆる知識を学び、問題なく働けるようになったのは、更に二か月後だった。
周りの使用人達と共に働いていて疑問に思ったのが、皆総じて白夜を恐れていることだった。
それについて質問するも、彼らは歯切れ悪く、理解できる回答をしてはくれなかったので、俺はある日、本人に直接尋ねることにした。
「白夜様、書物を読んでも理解できないことが多々あります、質問させていただきとう存じます。」
俺が白夜の部屋を訪れてそう聞いたのは、或る日の夕方頃だった。
「・・・質問?言ってみろ。」
彼は眉を寄せて俺をにらんでいたが、構わず続けた。
「皆、白夜様を恐怖の対象としています、何故でしょうか。」
すると白夜は特に表情を変えず、ゆっくり立ち上がり障子窓を開けた。
「知らん。・・・お前が同じように思わないのは、感情が始めからないからだ。」
その時、ああ、この人は俺が知りたい先のことも答えてくださるのか、と思った。
「なれば、どうして感情がないのでしょう。」
白夜は横顔を向けたまま、瞳だけを俺に向けた。
「ふ・・・そればかりは作れないからだ。それ以上は説明しても理解できまい。」
障子窓から流れる穏やかな風が、彼の黒髪を揺らしていた。
「それでは・・・どうして、松崎家に生まれてくるお子が、息女だとお分かりなのですか?」
俺が淡々と投げかけると、白夜はその時ばかりは何故か、眉を少し動かした。
「・・・今のお前には教えられん。機会を逃せば一生教えることもないかもしれんな。」
そう言って彼は、意外にも柔らかい笑みを浮かべた。
俺はその言葉の意味を理解することは出来なかった。
もっともっと、人と関わり、話し、書物を読まなければ・・・
「以上か?」
白夜はそう言って、窓から離れ寝室へと歩き出した。
「はい、お答えいただきありがとうございます。」
俺は深々とその場に口頭礼をした。
人ではないのに、俺は人の姿をしている。
俺と同じような者はこれから何人か出来るらしい。
この目に映るものも、考えることも、普通の人間とは違うことばかりなのだろう。
その時の俺は、わからないことの答えを、ひたすら見つけだそうと必死だった。
いつか会い見舞える、この命を捧げる者の存在を待ちながら、二年を過ごした。
待ち遠しかった。
「早く、会いたい・・・・。」
今思えば、その時から俺に心はあったのかもしれない。