第二殺 ようこそ暗殺結社へ
───目の前は暗闇に包まれていた。
瞼は開けているはずだ。それなのに前が見えない。
かと言って、拘束されているわけでも、目が何かに邪魔されているわけでもない。
なら、残る可能性は一つ。
──前が見えない程暗い部屋にいるのか…?
どうやらどこかに寝かされていたようで、
その場から体を起こす事が出来た。
その時、自分が何故ここに居るのか、曖昧な記憶がよみがえる。
「…俺、眠らされて…!?」
─だが、何故だ?わざわざ拉致するなら監禁でも何でもしたらよかったのに。
それほど、この部屋のセキュリティに自信があったのだろうか。
「まぁ…監禁されていないだけマシと思うか。」
それはともかく、手元すら見えない程真っ暗だと何もできない。
潤也はその場に立ち、近くの壁を擦りながら壁伝いに部屋の電気のスイッチ的なものを探す。
壁伝いに触ると、壁は鉄のようなものでできているのではないかと感じる。
電気のスイッチを探して、一周して再び寝ていた場所まで戻ってきた。
「やっぱ電気のスイッチはないか…」
一通り探索し終えると、何やらコツコツという足音がドア前から反響する。
「…来たか。犯人。」
──隠れるつもりは無かった。
何故こうなったのかを原因を目の前で受け止めたいからだ。
ギギギ…と扉が開くのにそう時間は掛からなかった。
流石に鍵は掛かっていたようで、解錠音が部屋に響き渡る。
扉が開くと、徐々にこちらに部屋に光が立ち入ってくる。
周りの様子を見ると、どうやらここはサビ鉄等で囲まれたような、
せまっくるしい部屋であると、肉眼でそれを再確認する。
ほどなくして、扉の間からある人影が完全に姿を現す。
そこに居たのは、こんな鉄だらけの部屋には明らかに似合わないような、
白くまとまっていて、かつなにも髪飾りなどは付けていなくて下ろしている綺麗な髪。アイドル顔負けとも思えるスラッとした理想体型、落ち着いていて目の奥には優しさすら見える緑色の眼、端麗な顔立ちをした美少女だった。
ここまでの美少女を見逃す世界は盲目なのだろうか?俺は我先に口を開こうとするが、それを遮ってその少女が口を開く。
「…起きてたの。クソヤロー。」
──ん?
今、そんな外見完璧な女性から、外見に似合わない言葉を聞いた気がした。人は見た目によらないなんて言うが…さすがに聞き間違いだよな?いくら何でもよらなすぎだよな?
「…い、今なんて?」
「起きてたの、クソヤローって言ったの。」
…聞き間違いではなかった。
聞き間違いであってほしかった。
「なんで君のような可愛い子がそんな言葉遣いを…」
「可愛い…?」
少し彼女が頬を赤らめたように感じた。
──これ…もしかして…
異世界特有の好感度イベント来たか!?
この調子で好感度上げれば釈放も夢ではないのでは?
「ああ、可愛い。落ち着いた緑の眼で…」
そう、一見全く問題がないような発言をすると、彼女の顔色が分かりやすく変わった。
「…っ…黙れ!!」
彼女がそう叫んだかと思うと、
空を切る鋭利なものが頬の横を通過する。
その刹那、横一文字に赤の線が頬に入り、赤い液体がぽたぽたと垂れ始める。それが血であるということはいくら何でも理解出来た。飛んできたものの正体も…すぐでは無いが予想はついた。
──ナイフだ。だが、この程度の痛みなら不器用な俺が料理を作る時にいつも経験している。
軽く切れただけなのに、そこからビリッと痺れる感覚。
更には徐々に痛みが出てくる。それは頬だけに留まらず全身に行き渡る。
体の内側から電流を大きく流されているような痛みを潤也を襲う。
「ああぁあああぁああ!!!!」
場の雰囲気が大きく一変した。
自分の体が大きく地面へ倒れる。
金縛りになったかのように体が動かない。
流そうと望んでもいない涙が次々に出る。
体が動かなくても、転がるくらいなら出来た。そこらじゅうをのたうち回り、頬を押さえる。
こんな痛みの中思ったのは死だった。
生まれてこの方、死というものをもちろん味わった事がないのだが、これが死というのなら全ての辻褄は合うのだ。
──ああ、これが死か。
彼女はハッとなり、潤也の方へ駆け寄る
「ど、どうしようどうしよう…」
──焦っている。本心ではなかったのだろうか。
今思ってみれば、喋り方も、わざと口を悪くしているような
ぎこちない喋り方だった。
痛みに体が耐えきれず、潤也の見える景色はどんどん
狭まっていく。
衰弱していく体を最後に、俺は目を閉じた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
──目を開けると、痛みはなくなっていた。
あれでも死じゃないっていうのか。あの苦しみを、俺はもう二度と味わいたくない。
まるで時が戻ったかのようだったが、
時が戻っていないことを証明するかのように、潤也の隣に白髪の少女が居た。
「だ…大丈夫?」
彼女が心配そうに潤也の顔を覗き込んでくる。
「…あれからどれだけ経ったんだ…」
独り言でつぶやく。
「一時間…も経ってないと思う。」
その少女は、気まずそうにその独り言に回答をする。
「うわっ!!」
あの苦しみを味あわせた本人がそこに居ることに、俺は怯えた。
「…さっきは、申し訳なかったって思ってる。
…でも、敵対の意思は変わらない。君は妖怪陣営の仲間だろう?
殺すつもりもないけど、この部屋…いや、牢獄で捕まえさせてもらうよ。」
…もう敵意はないということなのだろうか。少し安堵しつつも、状況は一切変わっていない。
「ま、待ってくれ。妖怪陣営だかなんだか分かんないけど、
少なくとも俺はそれに関与した覚えはない。」
「…ここで白を切るなら、少なくとも罪は重くなる一方だと思うけど?」
──だからクソヤローなんて言葉を使われたのか…
おおよそ敵対するものには強く当たろうとしてるってとこなのか。
白髪の少女の鋭く冷たい視線が潤也の心を刺す。
「…悪いが、それでも俺は何も関わっていない。」
「真っ直ぐな目…確かに嘘はついていなさそうなのが妙なんだよね。
こんな時、ボスなら何を言うだろう…」
「…ボス、という事は君は何かのグループの一員なのか。」
「そう、暗殺結社だよ。」
──この世界は暗殺結社なんて物もあるのか。
想像してたよりこの世界も治安は悪そうだ。
「暗殺結社…そうなんだ。」
「…え?びっくりしないの?」
少女はキョトンとした顔をして潤也を見る。
「びっくり…って言ってもな。
俺はかっこいいと思うぞ。暗殺結社。」
「…変わってるね。君。
暗殺結社なんて皆に恐れられている存在、それをかっこいいなんて。」
「皆に恐れられてんならそれ暗殺出来てないだろ…ただの殺人だよ。」
「恐れられてる理由は別に殺してるところを見られたからじゃない。」
「じゃあ、何故だ?」
「それは……」
その少女は片手で自分の口を塞ぎ、
もう片方で手を振り、NOという事を示す。
「そもそも、君私たちの敵だよね?
まるで味方みたいに近づいてくるから喋りそうになったけど…」
「こんなに口が軽いやつに俺みたいな怪しいやつの監視任せるなよ…」
潤也は呆れた顔でため息を吐く。
「う、うるさい黙れ!
そんなに自分が妖怪陣営じゃないって言うなら、その証拠を見せてよ!」
その少女は、懐から何やら怪しげな石のような物を取り出す。
「これは『妖石』
妖怪が持つと中央の石が光るの。
もし妖怪陣営じゃないっていうならこれを持ってみてよ。」
──俺は人間だ…と思っても、少し不安で冷や汗をかいてしまう。
もしかしたら異世界に来た影響で妖怪とやらになっているかもしれない。
だが。俺は覚悟を決めた。
「良いだろう。」
潤也は少し声が震えたが、妖石を取る腕は止まらなかった。
そして妖石を取り、ぎゅっと握りしめた。
その様子を見た少女が口を開く。
「…本当…だったんだ。」
妖石は、光って無かったのだ。
「だ、だろ?俺は立派な人間だ。
これで家に帰してくれるだろ?」
「それは駄目。」
少女は人差し指二本でバツを作る。
「なんでだよ!?」
「妖怪陣営には妖怪しかいない…そうとは限らない。
やっぱ安全が完全に確保できるまではここで大人しく捕まってもらう事にはなるかな。」
「ここはさっき俺を気絶させた詫びって事でどうですかねぇ??」
「ぐっ…
わ、私でよければ毎日この牢獄に話に行くよ…?」
少し照れたように、そして無理をしているように少女は言った。
「それも悪くはないが、何が起こるか分からないここに
ずっといる訳にもいかない訳だ。」
──ここを出てもする事は無いが…此処に居るよりかはマシだ。
空気も悪いし、ここに滞在してたら精神おかしくなるわ…
「…分かった。でも条件付き。
一応ここは暗殺結社。他言でもされたら本当に面倒。
人体式盗聴器を君の体に付けさせてもらうよ。」
「人体式盗聴器…名前から察するに、体に取り付ける盗聴器と言ったところか。
まぁ、ここにいるよりプライバシーを侵害された方がいいわ。
その条件、飲もうじゃないか。」
「でも、ちょこっとだけ痛いから歯食いしばってね。」
「…え?」
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「いってぇぇええぇええぇ!!!」
声がよく響く鉄の牢獄に、悲痛な叫びが響き渡った。