六朝元老3話その2
六朝元老3話その2
宮家はいつもの診察を始めた。
「原因は?意見の相違ですか?」
シーフーエは、高城にサプライズアタックを掛ける目的だったが…この宮家先生と話をしてみたくなった。
「そう…スナイパーとして、自分の技量を試したら、技量のなさを思い知らされたって事かしら?痛烈な右ストレートで」
宮家はメモを取り始め、真剣に考えている。シーフーエは愉快な気持ちを抑えきれずフッと笑った。
「それについて。ストレスを感じていると言う事ですか?」
「心地良い。爽快なストレスを感じます」
宮家は素早くメモする。
「面白い。ストレスは不快で憂鬱な物と定義されています。むしろ…ストレスそのものを楽しむ傾向にある。長嶋茂雄症候群の可能性が有ります」
「それは?」
「1960年代に活躍したプロ野球選手です。ストレスを生じさせる困難に対して、困難を克服した時の快感…そう…心地良さや爽快感に対する依存症です。症状が進行すると、日常会話に擬音が混じるようになります。ビューとかダァーと言った言葉を使われますか?」
「いえ。無いと思います」
「今。日常生活で不便を感じる事は?」
「今直面している困難を克服する方法について、不安を感じています。その……困難を克服した後の快感を求める欲望が………」
「…判断を狂わしているかもしれない?」
「そう。そうです」
「う~ん……内藤邦夫可能性不安症ですね…」
「………」
「1958年から2015年まで将棋のプロ棋士でした。手を読み過ぎる時は勝てないと言う不定愁訴を発症していました」
「治りますか?」
「対処方としては、ファーストインプレッション…最初の直感に従えば症状は改善されます。根気よく継続する事を心掛けて下さい」
「やってみます」
宮家はカルテを書き始めた。
「…では。処方箋を窓口で受け取って下さい。地図も一緒に付けますので、才谷屋薬局で処方してもらって下さい。他の薬局でも良いんですが、取り寄せになります…在庫が有るのはここだけです」
「在庫?」
「いろんな不定愁訴に有効な万能薬なんです」
「なんと言う、お薬なんですか?」
「イチローに学ぶ。勝利する人の習慣術」
宮家はニッコリ笑って言った。
「お大事に!」
シーフーエは戦意を失って、診察室を出た。
高城はスコープで、ミヤケ先輩を見ていた。シーフーエは巧みに窓枠を使って、射線を消している。
いつ、ギターケースのライフルでスナイプしてくるか判らない。中から取り出さず、ギターケースに仕込んで有って、そのまま撃ってくるかもしれない。
坂井が、外壁に穴を開けて設置した盗聴器から会話は聞こえていた。
…よく言えば天才的名医。悪く言えば天才的天然ボケだな…
「坂井さん。心理戦と捉えれば、スナイプ
戦術として取り入れるべきと思います」
…それが防衛大学の講義になったとしたら、学生は大変だ。俺は単位を取る自信はない…
「坂井さん。防衛大学出身じゃないでしょ?」
…例え話しだ……シーフーエ動くぞ!…
「移動します」
シーフーエは病院の前からバスに乗った。
能登島さんがナビする。
…鳥越線。8停留所6分。西久万地区宗安寺分岐下車と予測。東久万南約1500m…
高城は生体筋タイツで、バスを追う。
ギターケースを持って、通路に立っており射線は通らない。
シーフーエは宗安寺分岐で降りた。
高城は回り込むように、久万山に向かう。
東久万地区の王子神社の左を登ると、高城地蔵が有る。ここに、高校時代に掘った地下濠が残っている。塹壕や陣地のほとんどは教育委員会に埋められたが、久万山を貫く地下濠は発見されなかった。
もっとも、高城やミヤケ先輩が掘ったのは、入口から2m程度。ハイスクールの子供達が戦争ゴッコをしていると聞いた、在日米軍の工兵が、休暇のたびに大挙して現れ、コンクリート壁で通風坑や自家発電、照明まで兼ね備えた地下濠を、久万山全域に作ってしまった。アメリカ人のジョークとノリは半端ない。
巧妙に隠された蓋を開け、高城はハンドルを回した。
巨大な岩の一部が開き、入口が姿を現す。
ガソリンを入れた携行缶を持ち、マグライトで自家発電機に向かった。
八起き亭は、王子神社と高城地蔵の間に有る。
高城地蔵から50m程登った所に、高城神社跡が有る。江戸時代に¨不届きのこれ有り¨で幕府によって廃社になり、何故か王子神社と統合された。八起き亭は、この2つの神社のお供え物をつくる場所として、古文書に登場する。二次大戦中に全焼。戦後にバラック建てトタン屋根で再建。インパール作戦から生還したおじちゃんと、八起き亭の¨お供え巫女¨だったおばちゃんが結婚。定食屋を始める。
昭和30年代に現在の店舗を新築した。
サッカー日本代表が活動休止した為、帯同していた二人は店を再開している。
二人が居ない間、八起き亭を営業していた¨日本の定食再現YouTuber定食太郎¨こと円山航大は帰らずに厨房にいた。
「いらっしゃい」
円山は入口に立っているギターケースを持った女性を見て言った。
「1人で」
女性が言うので、円山は笑った。
「この店は空いてる椅子に、勝手に座るのがルールです」
女性はうなづいて、入口が見渡せる一番奥に壁に背を向けて座った。
「高城弓削ノ前膳」
円山は驚いて、厨房を一度見た。
「それは。平安期に百発百中の高城真弓をつくる際に、前神事に供えられた膳です。名前のみで、レシピはおろかどんな膳かも記されていません」
「作れない?」
「そうです」
「お供えの巫女に、尋ねてみて下さい。代々口伝によって受け継がれているはずです」
女性は床のギターケースを開けた。
ゆっくりと中に手を入れて、細長い物を取り出す。
「高城真弓?!まさか?………約束事は全部揃ってる…しかし」
厨房からおばちゃんが出てきた。
「注文が間違ってます。高城弓削ノ後試射膳でなければなりません」
おばちゃんの両手には。
白木の板の上に、絶滅した50cmの高城ヤマメを模した盛り飯。塩と水が手前に置かれている。
女性は、止める隙を与えず、ギリギリと引くと入口に向かって放った。
矢は。
高城が覗いている1000m先の。
TACー50のスコープのレンズを砕いた。