1-7 開戦
夜明け
陽光が差し、はるか彼方にある世界樹の威容が現れた。
この世の果てにある、神なる巨大樹セインデリアである。
一陣の風が、広大なブルーダム丘陵に吹きわたった。
その風は丘陵を駆け巡り、最後は上昇気流となって空へと消えていった。
その風のひとつに乗って、どんどんと高く高く上昇していくのは竜鳥ガルーダである。
ガルーダは上空で悠然と旋回して、その鋭い眼光で大地を観察した。
丘陵は、ウネウネと波のような形状で、北に暗黒地帯の樹海があり、その樹海を背面にして逆扇状で展開しているロンバルト帝国軍が、およそ130万の大軍をして、すでに布陣していた。
丘陵の中央には湖がある。
この湖は、まるで何か巨大な杭で貫いた跡のようにまったく浅瀬がなく、水の透明度が高いが、およそその底はしれない深さをもっている。辺りには、湖に出入りする川はなく地下水脈の湧き水が源流と思われる。
このような地形のため、この湖は船がないと渡りきることはできない。
また暗黒地帯より見ると、一旦平地が広がっており、そして湖の両側には切り立った山がそそり立っている地形である。
つまりはブルーダムの戦いとは、この湖を挟んだ戦いになるのだ。湖の両側のどちらかを迂回して進軍する方法と何らかの船を用意して渡る方法の二つに一つである。
湖はセルヌン湖といい、このセルヌン湖を挟んだ対岸のさらに先に漆黒の城壁、巨大なブルーダム城塞があった。
収容人員150万人、一辺が10リーグ以上の壁に囲まれており、城壁の高さが1スタディオン(180メートル程度)を越える。堅固な城塞である。
ロンバルトとの戦いにおいて、この湖の喉元に設置し、地形の有利さを最大限活かした戦術上と戦略的な意義において120年前に建造されたものである。
そのブルーダム城塞より前方、ブリドリッド軍は全軍の中央に槍状にして布陣した。
その両翼の軍を分けたサード国軍が固め、後詰めとしてトリオン軍が配置された。
イムル教国軍は、予備兵力とされ城塞内に待機となった。
先陣はペガサスブリンガー隊550騎…それを率いるのは、最強最速のペガサスライダー青の一番クリフレッドである。
獅子王リチャードは白の隊に所属し、ライオネル卿の代わりに隊を率いる。
このとき、ライオネルは昨夜の竜騎士との戦いで、すでにこの世の人ではなかったが、リチャードも、ブリンガー隊の誰もが、未だそのことを知らない。
また、王位にありながら、リチャードが最前線に立ったため、否が応でもブリドリッド軍の士気は上がっていた。
サード軍は35万人の中より選りすぐられた精鋭、フィオナ騎士団2000人を二分し軍を両翼に配し、ブリドリッド軍と連動する形態をとった。
フィオナ騎士とは、一人一人が指揮官となれる器と剣技、馬術の高い練度で修め、さらに何らかの特技をもった愛国心の高い人物、人格の持ち主のことである。
フィオナ騎士団の団長は、用兵の天才と呼び声高い金色のフィン、その人が一団を率いている。
もう一団は騎士団において、最強の騎士ディアミッド・オディナがこれを率いている。
2つの槍と2つの剣の使い手で、サートリオン軍全体では5指に入る強戦士である。
サード国王ホスロウは、これらのさらに全軍を指揮するため現在の四国同盟の盟主イムル大祭主より元帥の称号ドゥクースに封ぜられた。
昨夜の軍議ではリチャード自らが提案した陣形と戦略について、ホスロウが一部修正した以外、イムル側もトリオン側もほとんど反対はなかった。
そのことに、リチャードは驚き、さらにホスロウに至ってはドゥクースを自分かリチャードにと意気込んでいたのが、あっさりと希望通りに事がが終わりかなり表紙抜けしていた。
だが代わりにダルクは、トリオン軍が後詰めであったが、市民兵を積極的に戦線に投入すること、城塞の守りを固めるためイムルとの伝令を密にしたい、との2つの意向があり、ホスロウはドゥクースとなってすぐに了解した。
そこにこそダルクと大祭主の大きな思惑があるなど、このときは誰も知る由もなかった。
光樹暦205年、サートリオン連合軍とロンバルト帝国軍による第三次ブルーダムの会戦が始まった。
開戦は夜明けと同時、サートリオン側の進軍から戦の火蓋がきって落とされた。
ブリドリッド軍が大きく前進した。
セルヌン湖の左側よりブリンガー隊を先陣にして、ブリドリッド軍が先に動いた。
それに呼応して、サード軍が連撃弓と投石器を、セルヌン湖の湖畔に沿って配置し、さらにセルヌン湖の右側からサード軍の第二国軍が進撃を開始した。
トリオン市民兵団はさらに後背に展開して、丘陵の所々に設置した豪に待機した。
イムルは城塞城壁から、連撃弓と投石器を配し、城塞の防御にあたった。
城塞を中心として、攻めも守りも二重、三重と申し分のない形であり、戦力の差を埋められる勢いのある布陣であった。
ブリドリッド軍の最前衛、ペガサスブリンガー隊は湖畔を一気に駆け抜けたところで、さらに、国軍を引き離し加速した。青の一番クリフレッド率いる青隊と、白のリチャードの白隊をそれぞれ先頭にして、全五隊が大きく二つの部隊になった。
ロンバルト帝国軍は、数百単位の歩兵と騎馬隊を一隊とし総じて1万6000人の部隊がこれに対して即応した。
ブリンガー青の隊、黒の隊、灰の隊が同調し、帝国軍へと突撃した。
帝国軍はそれに対して、接近の一リーグ手前で、数千本の矢をペガサス軍団へと一斉にうち放った。
矢は空を覆うほど雨霰となってペガサスへと降り注いだ。
だが、ペガサスたちは光の翼を広げて、空をかけ矢を躱したり、身体を硬質化してはじき返したり、高速に走ってそれらをやり過ごした。
一騎一騎がバラバラな動きをしているがその後に、まるで磁石のように引きつけあい一塊になった。
ペガサスの能力を最大限に使った絶対防御イージスである。
矢の攻撃が無意味と知ったロンバルト帝国軍の前衛は、騎士隊が先行し、これを迎撃する肉弾戦に移行した。
ペガサスは青の隊が空をかけ上がり、全員がボウガンを構え、灰の隊がアダマンタイトの剣を抜刀し黒の隊が灰の隊の少し離れた後に続いた。
ロンバルト騎士隊が抜刀すると、上空から、ペガサス青の隊がそこに一斉にボウガンを撃った。
ブリドリッド兵の弓術は1級で騎士隊の前列50名ほどの騎士たちに一発命中し、次々落馬させた。
灰の隊は、混乱するロンバルトの騎馬たちをするりと躱し、さらに出鼻をくじかれた行軍に向かっていく。
最速のペガサスライダーたちは、たちまち数十の騎士を討ち取った。
その青の隊はボウガンを打ち尽くすと空を駆け下り、灰の隊の後ろについた間際、今度は黒の隊が空を駆けた。
この連動した攻撃運動を繰り返し、さらにロンバルト軍の混乱を助長した。
一方で、リチャード率いる白の隊と茶の隊が大きくロンバルト前衛の側面に回り込み、接近する手前で同様に空中と地上の両面からの攻撃を加えた。
帝国前衛軍は前方向と側面方向からのブリンガー隊の攻撃で開戦間も無くから一気に瓦解した。
ロンバルト騎士隊は歩兵も含め、陣形を維持できなくなり敗走する隊も現れ始めた。
その混乱を見て、帝国軍が30万の軍を動かした。