1-4 ペガサスライダー
天馬は光の羽を広げ、まるでそこに大地があって踏みしめるように空中で静止した。
ペガサスの騎士【ペガサスライダー】は、すかさず腰に帯びていた金属の筒を持ち、二度、三度と振った。最後に筒を大きく構えると、空から城壁を射抜くように振り抜いた。すると筒からバロメッツの縄が勢いよく飛び出した。
「掴まれベルライン殿!」
ベルラインは、咄嗟であったが反射的に高速に伸びてきたそれを掴まえ、同時にクレイトンの腕を引き上げた。ライダーは、それを確認するやいなや筒の側面を二度指で擦った。
今度は、バロメッツの縄は、逆に高速に縮み上がりドラゴンと竜騎士がなす術する間も無く、2人を救い上げた。
ペガサスサイレンスのその温かな背まで2人を引き上げると、竜とレグルスとを遥かに眼下において7~8ステップ(50~60メートル)先へと空を駆け下りた。
「貴方は、白のペガサス…ブリンガー隊一番のライオネル卿ではありませんか?先に陛下とともに戦にご出陣されたのではなかったのですか?ブリンガー隊は全軍出撃の命が下っていたはずですぞ!」
安堵するでもなく、クレイトンは助けられた状況を忘れ、その男ライオネルを厳しく詰問した。
ライオネルは二人に服礼しながら静かに言った。
「このような場で失礼の段をお詫びいたします。ただ誤解は解いておきましょう。わたしがこの場にいるのは、陛下がこのような危急のときのため国内待機を命ぜられたのです。なぜ待機を命じられたのか、ブリドリッドまで敵が攻め込むなど有史以来なかったこと、初めは非常に納得することあたわず、陛下はそれほど私がお嫌いか…と悩んだものです。が…こうやって活躍の場を得たこと、国の禁忌、城壁をペガサスで駆け上がるまでしてまで、お二人をお救いできたのは、騎士としていまは本懐の限りです。それに…城下で一、二と争う高嶺の華ベルライン殿とお近づきになれるとは!恐悦至極に存じます。ハハハハハ!」
ライオネルは爽やかに笑った、そして急に真顔になった。
「それよりもあれは何なのですか?結界でもない場所にドラゴンがいる?こんなに至近距離で目の当たりにするのは、わたしは初めてです。それに、あの異形の騎士は?」
「ライオネル卿、あれは竜騎士です。竜騎士が操り、そしてドラゴンが現れたのです。いかに卿が、卓越したペガサスライダーだとしても、一騎だけでは到底、逃げる事も、ましてや戦う事など想像以上に難しいことです。」
ベルラインが悲壮な顔をして言った。
「それはそうでしょう。ベルライン殿の言う通り。」
と、ライオネルはひとつひとつ、うなづいた。そして重ねて言った。
「一騎ならば…ね。そうでしょう?」
「お待ちあれ…先の言葉で我ら…とおっしゃいましたか?」
ライオネルは、「さよう…耳をお澄ましあれ。」といたずら気にいった。
その瞬間、ライオネルの背後から、青、白、灰、茶、黒のそれぞれ五色の馬体のペガサスたちが、ライオネル同様に城壁を駆け上がり、そのはるか上空で星のように輝きを放ちながら一気に舞い上がった。
ライオネルを合わせると総勢六騎もの光の翼をもつペガサスたちが、クレイトンとベルラインのもとに整然と壮観に並んだ。
「ライオネル卿!出し抜くにも程がありましょう。」
青の十番ニードルがたまらずいった。
「そうですよ、隊長だけ。先に、王国始って以来初の城壁登りをするなんてずるいなあ〜」
白の五番タイランがすぐさまうそぶいた。
ニードルは、「おい、そういう話ではないぞ。」と慌てたようにといいかけるが、それにかぶせるように
「全くですな! しかも我らが憧れのベルライン女史にもその毒牙にかけようとは!女たらしにも程がある。」
と灰の四番レッグが続いた。
「そうですよ、なに考えてんですか?」など一斉に他のライダーもまくしたて、野次を飛ばした。
「おい! うるさい、お前ら! そういう話じゃない。単身で行って、もし失敗したらどうしていたのかと
わたしはいいたいのだ!」
ニードルが皮肉めいていうと、他のものは全員白けた顔をした。
そして口々にいった。
「だって隊長ですよ、白の。なあ?」と顔を見合わせた。
ニードルは続けた。
「わたしはペガサスの騎士となり史上最速で青の十番を掴んだ男だ。いずれ青のトップライダーにもなる。
そのわたしが思うに戦略とは、もっと二重三重にだな…」
グオオーーーーーーー
リンドブルムがニードルの言葉をかき消すように突然咆哮した。
レグルスを傷つけられたばかりか邪魔が入り、明らかに怒っているように見えた。
全員が一瞬緊張したが、すぐに警戒をといた。
笑みをたたえながら、ライオネルがいった。
「お前たち、いま焦って萎縮したな。だが、まあいい。我らがペガサスブリンガー隊の大原則のひとつ…敵の前にあってはペガサスに聴け…をすぐに思い出しそして実行した。それで平静をすぐに取り戻せたな。まあまあだ。」
はっ!
ニードル以外のものがすぐさま返礼した。
「お前たち、いまから行うのはただのドラゴンスレイヤーではない。わたしも初めて見たが、ドラゴンを操る伝説の竜の騎士と、同じく決して生きたまま相見えることのないドラゴンに我らは遭遇している。」
はっ!
「恐ろしいが恐れるな。我らの目的は二つだ!二つしかない、そこに集中せよ。ドラゴンは倒せぬ。絶対に無理だ。ならばドラゴンと竜騎士をこの城よりいかに追いだすか、もしくは逃げるかの選択だ。よもや決してとどめを刺そう、倒そうなどと欲をかくな!このお二方をお守り申し上げるために身命を賭してあれを排除する。陛下に誓って肝に命じよ!」
「ライオネル卿!」
ベルラインが割って入った。
「何かな、ベルライン殿?」
ライオネルは優しげに答えた。
「御子が、ハウト王子が竜騎士の手に!」
「な、何と…かしこまりました。皆、聴いたな? 御子を奪還するのがまずは最優先だ!」
はっ!
全員がそれぞれのペガサスに何かを合図した。するとペガサスたちの息づかいや動きが同調しだした。
しかし、ニードルのペガサスだけがなかなか同調できない。徐々に姿勢まで歪み、傍から見れば自分の中で何か、せめぎ合いをしているようであった。
ニードルは焦っていた。
そして徐々に思い通りにならないことに苛立った。
「どうした、タキオン。なぜだ?なぜ同調できんのだ!タキオン!タキオン!!」
叱責しながら、ニードルはペガサスのはみを直接強く何度も揺すった。
ペガサスタキオンはさらに今にも地に頭がつくかのように姿勢が崩れていった。
もはや戦闘などできる状態には見えなかった。
別のペガサスたちも苦痛のように一斉に蹄を城壁や通路に打ち付けだした。
混乱しているとはいえ、全体が連動しひとつの塊、ひとつの生き物のように一定のリズムをとっているからだ。
「待て!」
ライオネルがニードルの手を掴み、ねじり上げた。
「イテテテテテ!何を!?」
「愚か者が!わからぬのか?ドラゴンの気にあてられ、それでも主人のために戦働きしようと必死に士気を高めようとしておるのが!ペガサスは道具ではない!それに見よ!他のペガサスに悪影響を及ぼしていることを。貴様の拙い馬術によって、全体が危機に瀕しているのだ!」
強気だったニードルは、一転して首をうなだれた。自信を打ち砕かれたのだ。
「陛下より、残留隊は各隊五番以上の精鋭をと勅命があったはずなのに…青の一番は何をお考えか?ニードルよ、貴様はここにあって、クレイトン様とベルライン殿をその身に変えてもお守りとうせ!良いな!」
は、ははー
ニードルの目には、薄暗い気持ちの揺らぎが宿っていた。