イマドキの高校生は等身大の恋愛なんかしないよね。
制服のタイを結び直す。
誰もいない二年A組の教室には沈んでいく夕日と唇に残る熱だけが存在していて、今日も放課後が終わることを告げていた。
ほんの少しだけ笑みを浮かべた私は、右手の薬指で下唇をそっと撫でる。
「……可愛い」
小さく漏れた声に、今日の光景が蘇る。
「姫奈」
昼休みの終わる十分前、いつものように気怠そうに頬杖をついて窓の外を眺めている弓月姫奈に声を掛けた。
「理紗、どうしたの?」
振り返りながら上目遣いに名前を呼ばれるだけで心臓が跳ねた。
固まったままの私を姫奈は不思議そうに見てくる。
「……ん? なんか付いてる?」
「ごめん、今日も……いい?」
それだけを伝えると、姫奈は挑発するような視線を送ってきた。
それは私たちだけが知っている返事だった。
それから二人きりの放課後。
「理紗、廊下にもいない?」
私は教室から顔だけを出しもう一度廊下を見渡した。
「うん、誰もいない。先生たちは会議のはずだからここには来ないし」
そう伝えると、姫奈は淡々と「そっか、じゃあ鍵閉めて」とカーテンを閉じながら呟く。
教室の前後の扉の鍵を閉め終えた私は、窓側にいる姫奈の方に向かおうと振り向いた。すると、目の前に姫奈の顔があった。
「待てなかったんでしょ、理紗」
妖艶な表情を浮かべる姫奈に違うと否定しようとした瞬間、両肩をつかまれ扉に押し倒されるようにして口を塞がれた。
その刹那、瞳孔は見開かれ姫奈の長く綺麗な睫毛が鮮明に映る。
何もできないでいると、姫奈の柔らかい感触が離れていった。
「嘘、理紗は全く抵抗しないじゃん」
図星だった。午後の授業なんて頭になく、この時間を楽しみにしていた。
「授業中、膝を擦り合わせてたの知ってるんだから」
何もかも見透かされていた。これは観念するしかなかった。
「だって、姫奈のこと好きだから」
俯きながら恥ずかしいことを言った。言ったのに、姫奈は何も言わず私を見つめてきた。
そして躊躇いの表情を浮かべながら……。
「理紗の私への想いは、どこまでが本当?」
どれだけ姫奈のことが好きなのかってことを確かめたいみたい。でも、好きという言葉だけでは伝えられそうにない。
私は無言で近づいて優しく背中に腕を回し、そして強く抱きしめた。瞬時に吐息が耳を掠める。
「……これじゃ、伝わらない?」
「だめ、足りない」
そう言って、姫奈は抱きしめたままの私の腕をゆっくりと解いていく。
「これだけじゃ……全然足りない。私は理紗の未来も欲しい。
……だから、めちゃくちゃにしてあげる」
「……姫奈」
瞬間、私の右手首をつかんで教室の後ろへと誘った。それからすぐ、予定行事の書かれた黒板の下に私は押し倒され姫奈は跨ってきた。こんな乱暴なのは初めて。姫奈の表情には迷いの欠片もなく、私を求める瞳が潤んでいた。
「……んっ!」
顔を近づけてきたと思ったら、首元に舌を這わせてきた。そして私の瞳を覗きこむように上目遣いに。
「こういうのを待ってたんでしょ」
ずるいと思う。期待してる私もだけど。
「……うん。待ってた」
「今日は正直なんだね」
私のブラウスのボタンに手を伸ばす姫奈。
その仕草を見ながら私は改めて心に巣食う想いに気づいた。
「私、やっぱり姫奈以外に好きになれそうにない」
その声にボタンを上から外していた手を止めた。
けど、溢れてくる私の吐露は止まらない。
「私もそうだった。こんな関係がいつまで続くか不安だったし。
夢見月先輩に告白されたって聞いたときは心がざわついた。姫奈がどこか届かないところに行っちゃんじゃないかって。
関係が壊れるかもしれないと思って、どうしようもなくて口づけしたときも。
それでもこの関係を続けてくれてる」
「……理紗」
「でも、今日の覚悟を感じてわかったことがある」
ボタンに掛かっている姫奈の指に私の指を重ねる。
「姫奈、私の愛を背負って」
「理紗、やっと言ってくれたね」
それからほんの刹那のあと……。
「じゃあ背負うための愛をちょうだい」
それからの口づけはいままでの求めあうだけのものとは違い、ひとつになれたと心からそう感じた。
「もうこんな時間。今日は時に早く感じた」
姫奈は乱れた制服を直していた。その隣で私は今日の余韻を忘れないように胸元にぎゅっとこぶしを握ったまま窓の外を見ていた。
すると姫奈は何か思いついたように声を上げた。
「理紗のそのタイ、ちょうだい」
えっ? という前に姫奈は手を伸ばしてくる。
「ちょっと待って、それをどうする気?」
こうするのと言いながら、姫奈は着けていたタイを私に差し出してきた。
「まだ高校生だし、指輪もできないじゃない。だから、私たちだけがわかる愛の印」
視線を外したまま受け取ると、姫奈は照れながら私のタイを結び直していた。
「こういうの、いいね」
私は幸せを噛みしめながら呟く。それを見た姫奈は微笑みながら小さくうなづいた。
「そろそろ先生が見回りに来るんだよね」
黒板の上に掛かっている時計を見ると下校時間まであまり残されていなかった。
そうだねと言うと姫奈は鞄を持って私に振り向く。
「じゃあね理紗。先に出てるからあとでLINEして」
そう言って教室を後にする姫奈。
残された私は手のひらのタイに視線を移した。
「……姫奈」
親友から恋人へ関係を変えた大切な人の名前が自然に漏れる。それを着け直した私は一人だけの教室を出て鍵を閉めた。
「あれがお前の想い人か?」
不意だった。さっきまで廊下には誰にもいなかったのに。
「優那先生、もしかして見てたんですか?」
ゆっくりと首を縦に振る優那先生。
「姫奈は知らないんだろ、私との関係を」
「……うるさいです」
私に同性愛という世界を教えたのは目の前で腕組みをしている優那先生、その人だ。
「私が理紗の初めての人だって知るとびっくりだろうな」
「もういいですから!」
感情が牙を剥いた。幸せな気分を邪魔されたくない一心で教室の鍵を優那に投げる。それを左手で受け止めた優那は意味深な表情を浮かべる。
「誰にも言いはしないさ。ただ、もう少し時間はあるのか?」
それだけで、意味は察した。
そして、幸せはひとつの濁りなく存在していないことを知った……。
fin
天ヶ瀬衣那です。
短編として第二弾「イマドキの高校生は等身大の恋愛なんかしないよね。」公開となりました。
今回も綺麗な作品を目指しましたがそうもいかず、どうしてなのでしょう。。。
読んでくださった方々に喜んでいただける作品となれば嬉しいのですが。
高校生の頃って感情が忙しい時期なのかなって私は思うのですが、いかがなのでしょう?
段々と理解できることが増えていく中で、気づいたら一人ぼっちに、孤独になっていくとか、同調していないと不安が生まれたり。
人はどうしてもひとりでは生きていけないことに苦しんでいく生き物だって理解してしまう時期が、高校生というものではないのかなって、思うわけなのです。
かく言う私も、群れることが苦手で。。。
答えがない事に気づく。
何とも言えないですよね、そういうのって。
そして、最後の一文です。
幸せが叶うと必ずと言っていいほど不幸を願う人が出てくる。
私はそういうのが嫌いで。。。
これは経験したからなのですが、妬み、それを邪魔をしてくる人がいまの世の中には多い気がする。
理紗もそうです。
新しい幸せを手にすると同時に妬む人が現れる。
どんな別れ方をしたのかもわからないけど。。。
ここまで書いても、やっぱりあとがきは苦手ですね笑
読み返したら全然まとまってない笑
それではまた次回にお会いできることを願って。
2021年1月、雨の音を聴きながら。