ある令息が口を挟んだ結果
本編の別視点バージョンです。
俺の名前はハンス。
ペトラーク伯爵家の長男だ。
今日は俺の友達の話をしたいと思う。
俺の友達のレオンはバルツァー公爵家の長男で、俺より格上だけど差別とかしないで接してくれる結構いいやつだ。
初めて会ったのは何歳だったかな?
公爵夫人とうちの母親が仲が良かったから、結構小さいうちから遊んでいた記憶がある。
7歳の時、レオンが婚約した。
伯爵家の俺は政治的な問題もなく、婚約者は社交デビューして自分で見つけろって父親に言われていたから、たった7歳で将来を縛られるなんてかわいそうだなとか思った気がする。
レオンの婚約者は…なんか変わった人だった。
見た目は普通。めちゃくちゃ普通。
多分夜会とかで挨拶しても、帰るころには忘れてそうなくらい。
んで、この頃のレオンは可愛かった。
男友達に対して言う言葉じゃないけど、その辺の令嬢より可愛かったから、正直婚約者がかすんでた。
だから普通の令嬢だと隣に並ぶの嫌になりそうなくらいだったのに、この令嬢はレオンが褒められたり注目されるたびに嬉しそうに笑っていたから変な人だなって思ってた。
まぁレオンしか接点のない俺にはあまり関係が無かったからあったら挨拶する程度の人だった。
13歳になって学園に入る頃には可愛かったレオンの面影は薄れて、俺より低かった身長もいつの間にか抜かされて、周りの令嬢たちにもてはやされるようになっていた。
…婚約者いるんだからその身長少しよこせよ!!!
学園に入って数週間、ふと気が付いた。
レオンの婚約者も同じ学園に居るはずなのに全く見かけない。
「お前婚約者殿と昼飯食ったりしないの?喧嘩でもした?」
「シアがどうかした?喧嘩なんてしてないよ、良好な関係だよ」
思わずレオンに聞いたら笑顔の後ろからどす黒い何かが出ているレオンがいた。
…うん、なんかよくわからんけど地雷っぽいから関わらないようにしよう…
14歳になった頃、学園内だと特にレオンの婚約者の影が薄いせいか、アプローチしてくる令嬢が増えた。
ある日校舎裏の庭園でレオンや他の令息達と過ごしていた時のこと。
学園で仲良くなった侯爵家と伯爵家の令息たちが興味津々に語り始めた。
「マリア嬢、レオンの事が好きらしいぜ」
「俺はカサンドラ嬢もだと聞いたよ」
「自由恋愛が流行ってても高位貴族になると政略結婚になるのは仕方ないとはいえ、学園でもトップクラスの可愛い子たちがお前を好きだって言ってるのに、レオンも可哀想だよなぁ」
「そうだな、アレクシア嬢が悪いわけじゃないけど、マリア嬢たちと比べると…なぁ」
「俺はカサンドラ嬢がいいな」
「しかも来年の学園卒業のタイミングで結婚だっけ?」
「お前も大変だよな~」
…おいおい、その手の話題は…
どう止めたら良いのかわからず、俺が内心ビクビクしていると隣から懐かしい冷気を感じた。
レオンはきれいな笑顔を見せながら(目は笑ってなかったぞ)
「シアにはシアの良さがあるんだよ。僕からすると一年先ですら長いくらい先なのに」
え?そうなの?
俺、ずっと嫌なんだと思ってたんだけど?!
口を挟むタイミングを逃した俺はそのまま口を噤んでた。
レオンの豹変に他の令息たちは取り繕い始めた。
「ま、まぁ結婚するならしっかり者の年上女性が良いって言うしね」
「美人じゃないかもだけど毎日一緒にいるなら落ち着ける人の方が良いよな!」
「浮気とかも心配なさそうだしな!」
…それ、フォローになってなくね?…
覚えを通り越して固まる俺をよそに、案の定レオンの周りの気温がどんどん下がっていく。
「シアが浮気?そんなことあるわけないじゃないか」
…反応するのそこだけなの?…
「それに美人じゃないって?僕からしたらシアは十分に可愛いよ?」
…あ、拾った…
「そ、そんなつもりじゃ…」
「うん、可愛い、たしかに可愛い!」
…おい、それは…
「は?誰が可愛いって?」
「「ご、ごめんなさいぃぃぃ!」」
笑顔すらなくなったレオンに令息たちが半泣きになって謝りながら逃げていった。
そいつらの背中を目で追っていると、隣で小さく息を吐く音が聞こえた。
「俺、レオンはこの婚約嫌なのかと思ってた。学園じゃ二人で揃ってるところ見ないし」
とずっと思っていたことを告げた。
「そう見えてたの?僕はこの婚約を喜んでるし、シアを避けてたりもしないよ。それに、シアとの未来も楽しみにしているんだけどね」
ふと視線をレオンにやると、苦笑を浮かべたレオンがいた。
あの凍てつく目じゃなくなっていて安心して続けた。
「なんか問題でもあんの?」
「んーシアにとって僕はまだ『弟』なんだよ」
「弟?」
「そう。弟たちと同じ扱いされてた。少し前までは特にね」
「そーなん?」
「信じられる?子供とはいえ婚約者に抱き着いたり頭撫でたりが当たり前なんだよ」
「お、おう」
…それはまた…
「僕はシアのことを女性として見てるから思わず避けてしまったら、それからなんだか距離を置かれてるし」
…なんか不憫だな…
「でも今のまま近づいたところで『弟』に戻るだけだし」
「お前好きだとかってちゃんと伝えてんの?」
「今のシアに好きって言ったって私もってシアの弟妹と同じように返されるだけだよ。今のままじゃ好きの種類が違うんだ。」
「お、おう」
「周りがシアのこと色々言ってるから、シアは可愛いんだって否定してあげたいけど、言い始めたら色々きっと止まらないし…なんで僕の方が年下なんだろう…」
…うん、ストレス溜まってんな…
それからしばらく、めずらしくうだうだいうレオンの話を聞いていたのだった。
翌日、学園に行くと朝からレオンが暗かった。
「朝からどうしたんだ」
「シアにお茶会キャンセルされた。シアに会える貴重な時間なのに」
「お茶会?」
「うん、婚約してから毎週の恒例行事」
…学園で会えなくても大丈夫だったのはそれがあったからか…
それにしても毎週だなんて、俺には考えられない。
とりあえずレオンをなだめながら過ごした。
が、その日を境にレオンの機嫌は悪化する一方だった。
2度目のお茶会のキャンセルが来る頃から不穏な噂を聞くようになった。
アレクシア嬢が夜会で長身の男性と仲睦まじくしているという物だった。
3度目のお茶会のキャンセルのころにはレオンの耳にもしっかり届いていた。
この機にとレオンの隣を狙う令嬢たちから。
レオンにその話をした彼女たちは急速に体温を失っていき、涙目になりながらレオンの傍から去っていった。
…気持ちはわかるよ、俺も逃げたい…
そう思うけれどやっぱり凹んでる友人は見捨てられない。
レオンを家に招いて、話を聞くことにした。
「大丈夫か?」
「大丈夫に見える?」
死んだような目をしたレオンが暗い目を向けてきた。
…ですよね~…
「アレクシア嬢とは全然会ってないの?」
「うん。親戚が来ていて忙しいって言ってたから」
「じゃあ夜会の相手は親戚?」
「多分そうだと思う。昔、隣国に1つ下の従弟がいるって聞いたことがあるから」
「従弟なら別に気にしなくてもいいんじゃねーの?」
「でも従弟だって結婚出来る…」
こんなうじうじグダグダなレオン、初めて見た。
「じゃあ行きそうな夜会にお前も行ってみたら?」
「行って仲良さそうなとこ見たら立ち直れないかもしれない…」
「でも婚約者はお前だろ?」
「形だけの婚約じゃなくて、僕はシアと心から結ばれたいんだ…」
あーもぉめんどくせ!
「そんなうじうじしてたら愛想尽かされるぞ!婚約者はお前なんだし、政治的な絡みもあるんだから婚約解消なんて簡単に出来ないんだから、時間かけて好きにさせたらいいじゃねーか!」
思わず大きな声が出てしまったが両手を腰に当て、のけ反るようにして言い放ってやった。
ふんっ!!
するとレオンは目からうろこといった感じで、死んだ魚のようだった目に光がともった。
…ただし、不穏な光だったが…
ぶつぶつとレオンの声が聞こえる。
「結婚して閉じ込めてしまえばいいのか…」
「夫婦になってしまえば行動を監視しても問題ないか…」
「いっそ領地に引き籠ったら社交も出なくて良いな…」
…うん、聞こえない。俺には何も聞こえない…
とりあえず、元気が出たみたいでよかった。うん。
…アレクシア嬢、なんかごめん…
レオンは次にアレクシア嬢が行く予定の夜会を突き止めて、公爵家の人脈を駆使してその夜会に乗り込んでいた。
俺はたまたま父親の関係でそこの招待状持ってたから付き合わされた。
…勘弁してくれ…
レオンと合流した夜会で入口の方に目をやっていると、アレクシア嬢たちが見えた。
レオンと違うタイプのイケメンと仲良さそうにしているアレクシア嬢…
恐る恐る隣に視線を向けると、不穏な目をしたレオンが見えた。
…俺、帰りたい…
「ちょっと行ってくる」
レオンは微笑みを張り付けてアレクシア嬢の方へ向かった。
気になるので会話が聞こえそうなくらいの距離までこっそりと近付いてみた。
「アレクシア」
「レオン!なんだか久しぶりね!!お茶会何度もキャンセルしてしまってごめんなさいね」
「いや、大丈夫だよ。元気そうで何よりだ」
…大丈夫じゃなかったくせに…
「ふふ、ありがとう。とっても元気よ!」
「シア、そちらは?」
「クリスは初めましてかしら?彼は婚約者のレオンよ。」
「初めまして、レオナルド・バルツァーです。」
「初めまして。クリストフ・ディオニシオと申します。シアを連れまわしてしまっていてすみませんね」
「いえ、身内の方を大切にするのは当然ですよ」
レオンはもちろん、従弟?の男性も不穏な空気をにじませている。
…あれ?これ洒落にならんやつ???…
1人で身震いしそうになっていると、従弟殿がシレっとアレクシア嬢の腰に手を回した。
…おい!それはダメだろう?婚約者の前だぞ??…
「シア、母さんが君を呼んでいたよ。」
「あら、どうしたのかしら。レオン、ごめんなさい、また後で!」
「あぁ、また」
「シア、僕も行くよ。バルツァー殿、失礼します。」
怖くてレオンの顔が見れない。
顔の向きが変えられないのでそのままアレクシア嬢たちを見ているとかすかに不穏な会話が聞こえてきた。
「シア………好き……だよ」
「………私も大好き…」
二人は顔を近づけながら笑っている。
隣から冷気が伝わってきた。
恐る恐る見るとレオンからは表情が無くなっている。
…美形の無表情は本気で怖いからやめてください…
「ふふっ…シア…どうしようね?…ふふっ…」
口角を上げながらつぶやくレオンはまるで冒険譚に出てくる魔王のような邪悪さだった。
…アレクシア嬢…なんか、ほんと、ごめん…
本編が想定外に高評価を頂いたので調子に乗って書いてしまいましたが、お気に召して頂けたら幸いです。
…レオンのキャラが壊れかけてますが、きっとこんな子です。
ご理解いただければと思います。