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巨大な白い城門の前に、イシュリア達を乗せた一角獣は降り立つ。
「命に従い、六卿が一人、赤のネイサンが参った!開門!」
ウィルの叫びに応じ、重い扉はゆっくりと開いていく。一角獣を飛び降りたウィルが、イシュリアへ手を差し出す。
「さあ、参りましょう」
「うん」
ウィルの手を取り、イシュリアはその身を大地に預けた。巨大な城門は開かれ、まばゆいばかりの城内が姿を現す。
マキャドゥルの七色を示す国旗が、風に揺れている。白い城壁は日差しを受け、きらきらと輝いていた。四百年続く王国の中心にある城砦は、しかし歳月を感じさせない真新しさを誇り続けている。
「わあ、凄い!」
その巨大な壮観な光景に、イシュリアは思わず感嘆の声を上げた。数十名の兵士がイシュリア達を出迎えるため、鎧を鳴らしながら駆け寄ってくる。緊張した面持ちの兵士達が、膝をつき頭を垂れた。
アリュシアの蔑称は、血のネイサン(ブラッド・ネイサン)。
とにかく怒ったら手が付けられない。辺りは必ず血の海と化す。この魔導卿の恐ろしさを知る、兵士達は慄いている。震える声で、兵士の長がイシュリアへ声をかけた。
「お待ちしておりました。ネイサン卿」
膝を落としている兵士達の姿に、イシュリアは萎縮する。息を呑んだイシュリアは、しかしアリュシアを演じた。
「出迎え、ご苦労様です」
ぺこりとイシュリアは頭を下げる。緊張した面持ちでいた兵士達が、イシュリアのその行動に顔を青くする。なぜ魔導卿が我々に頭を下げるのか?わからない兵士達は困惑の中、ごくりと喉を鳴らした。
(あれ?)
緊張する兵士達の姿に、イシュリアも困惑する。そんな戸惑うイシュリアに気付いたウィルが、兵士の一人に声をかけた。
「馬を頼みます」
「はあ、馬・・・」
巨大な一角獣に気後れする兵士は、それでもウィルから手綱を受け取った。
「ありがとう、ご苦労様。ドライ」
イシュリアは一角獣の長い鬣に触れ、労働を労っている。一角獣は嬉しそうにぶるぶると首を振った。
「わはっ、よしよし、どうどう」
嘶く一角獣と戯れるイシュリアを、膝をついたままの兵士達が蒼白のまま見つめている。それはアシュリアを知る兵士達にとって、異様な光景だ。まるで少女ではないか。彼女は恐るべき、血のネイサン(ブラッド・ネイサン)のはず。笑うイシュリアを、驚愕のまま兵士達は眺めている。
「ごほん!」
ウィルがわざとらしい咳払いを一つしてみせた。当然兵士達の注目は彼女に向く。ウィルは兵士長らしき人物を探し出し、彼へ威厳を持って問うた。
「それで。わたくし達はどちらへ?」
「はっ!こちらへ」
我に返った兵士達が立ち上がり、イシュリア達を城内に案内する。イシュリアは二年ぶりに訪れる、この国の中心に足を踏み入れようとしている。それはイシュリアの心の片隅にある、冒険心に火をつけるようなものではない。けれどもドキドキとした心持ちであることも、またイシュリアは自覚していた。