7
屋敷の庭にいた白い一角獣が嘶く。
「ドライ!」
イシュリアは嬉しそうに駆け寄り、一角獣の頭を撫でる。イシュリアが長年世話をしている一角獣だ。興奮する一角獣を、イシュリアは「どうどう」とあやしていた。一角獣はアリュシアの姿をしたイシュリアを、イシュリアだと認識している。一角獣は嬉しそうにぶるぶると首を振っていた。
「ドライでいくの?」
歩み寄るウィルへ、一角獣の頭を撫でながらイシュリアがそう尋ねた。
「はい、イシュリア様」
「ドライの足でも、城までは丸一日。だね・・・」
一角獣の鼻先を撫でながら、イシュリアは少し寂しそうに呟いた。屋敷の地下にある寝室では、アリュシアが眠りについている。早く目覚めた姉に会い、話をしたい。そして叶うのなら、この身を元に戻してほしい。イシュリアは、その為にも早く自分の義務を終えたいと思っている。
(このままでは、とにかく駄目だ。僕のせいで姉さまを苦しませて。もし姉さまを失うことにでもなったら、後悔では済まない。それだけは絶対に、駄目だ!)
アリュシアの優しさに甘えてまで生きていたくはないと、イシュリアは強く思っている。そんなイシュリアの焦る気持ちを感じ取ったウィルが、柔らかな微笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ、イシュリア様」
ウィルは手慣れた様子で、一角獣へと駆け上がる。彼女は手綱を引くと、その手をイシュリアに差し出した。
「さあ、参りましょう。イシュリア様」
笑顔のあふれるウィルに、イシュリアの心は落ち着く。
「うん」
ウィルの手を取り、その背後へとイシュリアは回った。
「風の精霊よ!」
ウィルが叫ぶと同時に、柔らかな光が一角獣の周りを取り囲む。精霊の力を感じ取ったイシュリアが、驚いた様子でウィルに尋ねる。
「これは?」
この国一とも評される風使いのウィルは、その身を誇るように張った。
「わたくしは魔法師なのですよ。イシュリア様がご心配なさるような、そんなお時間は取らせません!」
風の精霊は集い、ウィルの手によって束ねられる。
「翼の、風!」
柔らかな光は風の束となって、一角獣を包み込んだ。ウィルは手綱を引く。
「さあ、ドライ!風になりなさい!」
一角獣は嘶き、歩みだす。風は一角獣の翼となり、羽ばたいた。空に舞い、イシュリア達を乗せた一角獣が駆けだす。
(すごい!)
一角獣は空を切り裂き、駆け抜けて行く。
(本当に、風になったみたいだ)
アリュシアの屋敷は、あっという間に見えなくなった。
(姉さま。すぐ戻るから、待っていてね)
イシュリアは消え去った屋敷の方角を見つめながら、アリュシアを想っている。