Chapter 4 魔龍崇拝者
オルドカシュガンで一夜を過ごしたアスト達は、翌朝さっそくルソンへと歩みを進めることにした。
ボーファスの大草原を越え、森に到達しその中を通っている街道を西へと進んでいく。いつの間にかアスト達はカディルナの地へと足を踏み入れていた。
その道中でリックルは一人笑う。
「いやあ……。一時はどうなることかと思ったよ」
それは自分が今またがっている乗騎であるロバの事であった。
「君の銀狼をロバが怖がっちゃって、一向に歩かないから。このまま置いていかないといけないかとハラハラしたよ」
「すまないな……。こいつはそうそう暴れたりしない大人しい奴なんだが」
「ははは!! 分かるよ! 私が撫でても吠えなかったし! マジ可愛いね、大きさを除いて……」
そのリックルの言葉にアストは苦笑いする。
リックルの様な背の小さな人類にとっては、ゲイルがどれほど恐ろしく見えるのか想像に難くない。
「しかし、黒の部族って、誰もが銀狼に乗ってるイメージだったけどリディアは違うのかい?」
リックルがそう言って、アストの背後にいるリディアに声をかける。
リディアは答えた。
「うん……私は祭祀を行う魔女だから、戦闘技術はそんなに習っていないのよ。出来るのはこの短槍術だけだね」
「ふうん……」
ゲイルの背に縛って固定されている短槍をリックルは見る。
「これって……もしかして魔女の祭器?」
「うん……よく知っているね?
ベルネイアの魔女である私は、ベルネイアの神器である雷槍を模した短槍を扱うのよ」
「……ということは」
リックルがそう言ってリディアの短槍を観察する。
短槍には銀の毛が尻尾のように括り付けられ。その穂先の根元に小さな宝石が二つ見ることが出来た。
「これって、精霊固定具?」
「うん?」
リックルのその問いにリディアは驚いた顔をする。
「さすが世界を旅をしているだけあってよく知ってるね? そう、これが私の精霊固定具、今契約してるのは二種類ね」
「ふーん。それって何と何?」
「それは秘密。誰にもいっちゃダメだって言われてるから」
「そう……そうだよね。魔法使いの魔法は、精霊によって属性が付加される。それによって相性の強弱も決まるから。不用意に喋ると弱点を晒すことになる……だっけ?」
リディアは大きく頷く。
「その通りよ……。まあ、どの神を信仰してるかで、だいたいはばれちゃうけどね」
「うん……わかったよ。もう聞かない」
「うんリックルありがとう」
そう言って微笑みあうリディアとリックル。
それを見てアストも笑った。
それから、しばらく森を進んでいくと、開けた草原地帯に到達する。そのはるか向こうに見える建物は城だろうか?
「アレがルソンの王城かな?」
「そうだよ。その手前に町の外壁が見えるでしょう?」
「確かに……」
視線を下に落とすと、確かに長い石壁が見える。それはボーファスの大地では天帝領でしか見られない建築様式である。
「それじゃあ急ぐか……」
その時、ちょうど太陽が遠くの山脈にかかり夕方に差し掛かろうとしていた。
このままでは夜になってしまう。今日の宿を探す時間も必要なのだ。
アスト達はそれぞれの乗騎を急がせた。町の外壁がどんどん迫ってくる。
――と、その時、
「きゃあああ!!」
絹を裂くような悲鳴が前方から響いてくる。
「?!!」
そのいきなりな奇声に嫌な予感を感じるアスト達。
その悲鳴をめがけて乗騎を全速で走らせた。
「あれ!! お兄ちゃん!!」
不意にリディアが前方を指さし叫ぶ。そのリディアの言葉に、アストは目を凝らして指さす方をみた。
「あ!!」
そこに女性がいた。その女性は今にも何者かに襲われ、掴みかかられている。
「お兄ちゃん!!」
リディアが慌てて叫ぶ。女性を襲っている者の手には剣が握られ、それを今にも振り下ろそうとしている。
「まずいよ!! このまま走らせても間に合わない!!」
リックルが後方はるかに遅れて叫んでいる。
確かにその通りである。
「……」
アストの決断は早かった。
アストはゲイルに括り付けられている狼上弓を取り、矢筒から矢を三本取り出す。それをそれぞれの指で挟んで、狼上弓につがえる。一気に引き絞り矢を一本放った。
「え? アシュト?!」
そのいきなりの行動にリックルが驚く。それも当然の話だ、こんな遠くから矢を放ったら下手小すれば女性にあたってしまう。
しかし、アストの矢はそうはならなかった。
空を切る音と共に真っ直ぐ飛翔した矢は、なんと女性に襲い掛かっている者の、剣を持った手首に命中したのである。
ボン!!
鈍い音と共に空へと飛ぶ剣。そこに二本目の矢が命中する。
「後は!!」
アストは最後の矢をつがえて放つ。
その矢は、剣を飛ばされてもなお女性に襲い掛かる者の首を見事に刈りとった。
「?!」
いきなりのことに驚いて矢の飛んできた方を見る女性。そこにアスト達は駆け付けた。
「!!」
アスト達は、間近でその者を見て驚きを隠せなかった。
さっきまで、女性を襲っていたものは――。
「腐った……死体?」
そう、それは明らかに体中が腐って腐臭を放っている死体だった。
アストに首を落とされたその死体は動く気配はなかったが――。
「あ……あなた方は?」
そう言って怯えた表情でアスト達を見る女性。それにアストが答えた。
「俺たちはボーファスから渡ってきたばかりの旅人です。このルソンに宿を取ろうと来たのですが……これはいったいどういうことですか?」
そのアストの言葉に、少しホッとした表情になって女性は言った。
「私はそのルソンに住んでいたものです。しかし……ルソンは……もうありません」
「?」
その女性の言葉に疑問符を飛ばすアスト達。女性は続けた。
「それは昨日の夜の事……。私の家に死んだはずの祖母が訪ねてきました」
「それは? 死んだと思っていたものが生きていた? ……って訳じゃないのか」
アストのその問いに女性は頷く。
「そうです……。祖母は死んでいました。その状態で私たちの家を……。
私達は逃げました、死者の群れから……。町は完全に死者の群れに支配されていたのです」
「死者って……動く死体? まさかゾンビやスケルトンか……」
「そうです」
その女性の言葉にアストは絶句する。
そんな現象がこの世界にはあるという話は聞いていたが、それを目前にするのは初めてだった。
「なんで? そんな状態に? きっかけはわかりますか?」
「それが……わからないんです。街を逃げ回って気が付いた時には、城の兵士すらゾンビになっていました」
「……」
これは大変な事態だと理解できた。
「これは一致度、オルドに帰って助けを呼んだ方がいいな」
アストはすぐに判断する。もし町全体がこんな状態なら自分達では出来ることが限られる。
「待ってください!!」
不意に女性がアストに向かって叫ぶ。
「子供たちが……。まだ生存者が町に残っているんです。それを助けないと……」
「む……」
アストはその言葉を聞いて黙った。このまま助けを呼びに行ったら、一晩二晩は町に戻ることはできない。その間に生存者が全滅する可能性はあまりにも高い。
(これは……)
アストが考えあぐねていると、リディアが話しかけてくる。
「お兄ちゃん。私達で助けに行こうよ!」
「何?」
「その生存者のところへ一直線に向かって助けて帰るだけなら。きっと私達にもできるよ!」
「それは……」
敵がどれだけの規模でいるかわからないので、そこまでの確信はアストはもてない。しかし、
「じゃあこうしよう。誰か一人がこの人を連れてオルドに戻って。残った人で町を探索……、できるようなら生存者救出……でどうだ?」
アストはそうリディアたちに提案する。
事態は一刻を争う。多少無理をしても生存者は助けたかった。
リディアとリックルはそのアストの提案に頷いた。
「じゃあリックル。君がオルドに戻るんだ」
「え? 私?」
「そう、なんとかして救出部隊を呼んできてくれ」
「う~ん。わかったよ……アシュトたちは気をつけてね?
絶対無理はだめだよ?」
「わかってるって」
リックルのその言葉にアストは笑いかけた。
「それじゃあそういうことで。リディア……いくぞ!」
そう言ってアストはリディアに呼びかける。リディアは元気よく頷いた。
こうしてアストは、死霊に支配されたルソンへと足を踏み入れることになった。
その先に現れる敵とは?
◆◇◆
アスト達は人目を避けるようにルソンへと向かう。街道を歩く数体のゾンビを目撃したからである。
小さな森林を抜け、草原を抜け、畑を突っ切って、ルソンの町の外壁へとたどり着いた。
「さて……」
アストはそう呟いて、外壁の外に建っている農家の、建物の影から外壁の門を見る。そこに数体のゾンビが見えた。それらのゾンビは鎧を身に着けて槍を手にしており、明らかにこの町の兵士だと思われた。
アストは、狼上弓を手にすると矢をつがえて、ゾンビの一体を狙撃した。
見事にゾンビ兵の首を吹き飛ばし、それを動かない死体へと変える。
(これは……)
アストはその光景を見て一つの確信を得た。
(あのゾンビども……。近くで他のゾンビがやられてるのに、ほとんど反応を示さない……。おそらく生者を目撃したときだけ、それに襲い掛かるんだ……。ならばやりようはある……)
すぐにアストは矢をつがえる。そして――、
びゅん!!
風切り音とともに五本の矢が飛んだ。
それによって、門の前のゾンビたちは一掃された。
「行くぞ……」
アストはすぐさまリディアとゲイルに呼びかける二人と一匹は、今だ街道をうろついている他のゾンビに見つからぬように、門へと向かった。
「よし……」
門にたどり着いて内部を見たアストは、ゾンビがいないことを確信してそう呟く。
外壁の奥へと進んでいった。
「これは……」
外壁の内部の町は、惨憺たる状況であった。
町の建物の至る所が破壊され、火がついて火事になって焼け落ちている建物すらある。その廃墟の群れの間を、数体のゾンビが歩いているのだ。
「ゲイル……」
アストがゲイルの頭をなでる。
ゲイルは鼻をひくつかせながら、先頭で街中を進んでいった。
ゲイルは的確にゾンビの群れを避けて街中を進んでいく。ゾンビどもの腐臭が逆にアスト達を助けることになった。
「くうん」
不意にゲイルが小さく鳴いてアストを見た。
「あれは?!」
前方に古代神の神殿が見えた。
「あそこかゲイル……」
アストはそうゲイルに呼びかける。ゲイルはアストを黙って見つめた。
「ふむ……」
アストがゲイルの頭を再び撫でると、ゲイルはゆっくりと神殿へと進んでいく。
「行こう……」
アストは背後のリディアにそう言って、ゲイルの後を追いかけた。
無事にアスト達が神殿へと辿り付いた時、中から大きな人の声が響いた。
「貴様!! なんてことを!!」
「?!」
アストは声を聴いて疑問符を飛ばす。その声が明らかに、言い争いをするものであったからだ。
「ふふふ……。こんなところに隠れていても無駄ですよ? もうこのルソンは私のものだ……」
「貴様!! それじゃあ町をこんなにしたのはすべてお前の仕業か!!」
「その通り。この町すべてを我が主に捧げるために……」
「我が主だと? まさか貴様?!」
バリン!!
「きゃああ!!」
不意に中から何かの割れる音と悲鳴が聞こえてくる。
「ヴァダールヴォウ……アールゾヴァリダ!! さあ祈りの時間です!!」
アストはそれを聞いてとっさに判断した。口に狼笛を咥える。
リディアがそのアストの動作を見て頷く。短槍を手にして祈りを始めた。
【ヴァダールヴォウ……ベルネイア……。雷鳴の娘よ、轟音を轟かせる者よ、その雷鳴をもってこの場にあれ、ヴァズダー】
<雷鳴咆哮>
ズドン!!
凄まじい雷鳴が神殿を揺らす。それを合図にアスト達は神殿へと駆けこんだ。
「?!!」
神殿内の人々は、すべからく地面に突っ伏している。あまりの轟音にショックを受けて倒れているのである。
その中あって一人耳を押さえて、アスト達を睨む男がいた。
「貴様ら!! 今のは貴様らがやったのか?!」
「だったらどうする?!」
そのアストの言葉が聞こえたのか、その男は祈りを始める。
【ヴァダールヴォウ……アールゾヴァリダ……。大地を食む者よ、死の使いよ、わが手に石槍を与えよ、ヴァズダー】
宙に無数の石の槍が現れる。その指をアスト達に向けた。
「リディア!!」
アストは咄嗟に叫んで、リディアをつかんで横に飛ぶ。
ズドドドド!!
石の槍はさっきまでアストのいた場所に突き刺さる。
「ち……」
アストは舌打ちすると足で地面を蹴って、一気にその男との間合いを詰める。刀が閃いた。
ザク!!
しかし、それはその男には当たらなかった。その近くに突如現れたゾンビによって防がれたのである。
「こいつ?」
そのゾンビは何もない所から突然現れたかのように見えた。……ということは?
「お前の魔法か?!」
目前の男を睨んで叫ぶアスト。男は歯を見せて笑った。
「その通りだ小僧……」
「ち……」
アストは再び舌打ちして間合いを取ろうとする。しかし、
「やれゾンビども!!」
アストの周りに三体のゾンビが召喚される。囲まれてしまった。
「……」
だがアストは焦らなかった。次の瞬間、
ザク! ザク!!
二体のゾンビの首が潰れる。横から駆けてきたゲイルがゾンビどもを叩き潰したのである。
「こいつは?! 黒の部族か?!」
男はそう叫んで、神殿の外へと駆けていく。
「逃がすか!!」
アストは残り一体のゾンビの首を切り飛ばしてから、その男の後を追いかけた。
◆◇◆
神殿前の広場、そこで男はゾンビの群れと共に待っていた。
「ククク……ようこそ。人間族の騎狼猟兵とは珍しい客だな」
「貴様……」
アスト達は、神殿を守るように立って、男を睨み付ける。
「貴様が……町をこんなにした元凶か?!」
「その通り……」
アストの言葉に男は答える。リディアが叫ぶ。
「さっきの真言……。魔龍アールゾヴァリダへの帰依を示す祈り……。貴方、魔龍崇拝者ね?」
「そのとおり!! この穢れた世界を死で浄化する偉大なるアールゾヴァリダ様の使徒がこの私……ルゼーブ様だ!!」
その男……ルゼーブは手を広げて高らかに宣言する。
アストはルゼーブに問う。
「なぜだ? なぜこんなことをした?」
ルゼーブは嘲笑いながら答える。
「そんな事はわかりきっているだろう? 我らが神へ生贄を捧げるためと……、わが技術の更なる進化のためだよ」
「技術の進化だと?」
「その通り! 霊薬によって生命をゾンビに変える実験は成功した。それを自在に操る法も確立した。後はそれをもって、多くの都市を死の街へと変えれば、わが祈りはアールゾヴァリダ様に届く!!」
「霊薬?」
「その通り……」
ルゼーブは懐からビンを取り出す。その中には青白い粉が入っていた。
「これがゾンビパウダー……。これを吸えば貴様も生きたままゾンビになれるぞ?!!」
そう言ってルゼーブはそのビンをアストに向かって投擲した。
「く……」
アストはとっさに口を押える。――と、次の瞬間、
<雷槍光条>
凄まじい雷光がそのビンを一瞬で消しズミに変える。霊薬もまた効果を表さず灰になった。
「貴様?!」
ルゼーブは、アストの背後に立って魔法を使ったリディアを睨む。
「ごめんなさいね? そんな危険なもの、燃やして処理しなきゃね」
そう言って笑うリディア。ルゼーブは苦い顔で吐き捨てる。
「愚かなる古い神の使徒ごときが私の邪魔をするか!!」
「古くてごめんなさいね? 新参者の使徒さん?」
リディアはからかうようにそう答えた。
その顔が癇に障ったのか、ルゼーブは真言を詠唱し始める。
【ヴァダールヴォウ……アールゾヴァリダ……。大地を食む者よ、死の使いよ、わが手に石槍を与えよ、ヴァズダー】
その呪文を聞いてリディアも真言を唱え始める。
【ヴァダールヴォウ……ベルネイア……。雷よここにあれ、ヴァズダー】
それはとても短いベルネイアへの祈り。そしてそれは確実に効果を表した。
ズン!!
空中に現れ、アスト達に向かって放たれた無数の石槍が、雷の壁に当たって砕ける。
「これは! 樹精元霊の対抗魔法か?!」
「そうよおバカさん!! あんたの地精元霊の攻撃魔法じゃ、あたし達にダメージを与えることは不可能よ!!」
「く……」
ルゼーブはそのリディアの言葉に苦しげな顔をする。
リディアが魔法の仲介として使用する樹精元霊は、ルゼーブが魔法の仲介として使用している地精元霊より属性的に上位とみなされる。そのため、ルゼーブの攻撃魔法はすべからくリディアに防がれる運命にあるのだ。
「ち……今は金精元霊の持ち合わせがない……。まあいい。それならそれでやりようはある」
ルゼーブはそう呟いて周囲のゾンビどもに命令を下す。
「奴らを食い殺してしまえ!!」
その言葉に反応してゾンビの群れは動き始めた。
「そんな鈍いゾンビごとき!!」
リディアが真言を唱え始める。
【ヴァダールヴォウ……ベルネイア……。雷の娘よ……。その槍を持て我が元へと降臨し……、槍光よりいでて戦塵へと至れ!! ヴァズダー!!】
<雷槍光条>
再び電光が顕現しゾンビの群れを消しズミに変える。
「はは!! どうだ!!」
リディアは少し疲れた様子でそう叫ぶ。しかし、
「クク……まさか私のしもべがこれだけだと思ったのか?」
「え?」
アスト達の前に再びゾンビの群れが出現する。
「これはまさか……」
アストがそう呟くと、ルゼーブは嘲笑った。
「そう……そのまさかだ……。私はこの町中のゾンビを呼び出せる。このルソンの人口は約1000人そのほとんどがゾンビに変わっているから……」
「く……1000人近くのゾンビとやりあえと?」
アストは苦し気にそう呟く。それはあまりに途方もないことである。
そんな事をしていたらこちらは疲れ切ってやられてしまう。リディアですら、先の魔法の連発で疲れ始めているのだ。
(だったら……)
アストは次の一手を考えた。それは――
(なんとか隙をついて。弓矢でルゼーブ本人を狙撃する……)
おそらくルゼーブはゾンビどもを盾にする。弓での狙撃はそうやすやすとは出来まい。
しかし、それ以外に事態を打開する方法は思いつかない。
アストはリディアの方を向いてその目を見つめる。リディアは頷いた。
(ならば……)
アストは刀を手に構えをとる。ゾンビの群れを処理しルゼーブへの道を作る、そのために。隣のゲイルが低く唸った。
死闘が始まる。
◆◇◆
ザク!!
アストの刀が閃いてゾンビの首が飛ぶ。そして――、
グシャ!
ゲイルもまたその牙や爪でゾンビどもを叩き潰していく。
アストとゲイルがゾンビの群れ相手に死闘を初めてどれだけ経ったのか。
アスト達はもう100体以上のゾンビを屠っていた。
ゾンビは動きが鈍い。一体一体はそれほどの脅威ではない。
しかし、数があまりの多すぎる。
「クク……粘るなクズどもが……」
ルゼーブは再び、ゾンビどもを追加召喚する。それをアストはしっかり観察する。
(やはりそうか……)
ゾンビを呼び出す彼の能力、それはおそらく彼自身の魔法によるものではない。
もし彼の魔法によるものなら、彼はここまでの戦いで魔法を使いすぎて精神力を使い切っているはずである。そうならず、無限に呼び出せるなら、何らかのマジックアイテムによる効果だろうと推測できる。
そして――何度も呼び出す姿を観察して分かってきた。
彼は呼び出す際に、動きを止めて祈りに入る。そして、一瞬のタイムラグの後にゾンビが召喚されるのである。
その祈りとゾンビ召喚の間に明確な隙が存在していた。
(ならば!!)
アストは刀を振るいつつ、口にくわえた狼笛を数回吹く。ゲイルに命令を送ったのである。アストとゲイルはお互いに離れながら、ゾンビどもを牽制し切り倒し、叩き潰していく。
アストの視線が一瞬リディアの方に向いた。
(うん!!)
リディアが黙って頷く。真言を詠唱し始めた。
その瞬間、アストは走り出した――
――リディアに向かって。
【ヴァダールヴォウ……ベルネイア……。雷の娘よ……。その槍を持て我が元へと降臨し……、槍光よりいでて戦塵へと至れ!! ヴァズダー!!】
<雷槍光条>
この戦い数度目の電光が顕現する。それはゾンビどもをなぎ倒しルゼーブの元へと向かう。
「馬鹿が!! そんな大規模魔法がそう簡単に命中などするか!!」
そう言って、ルゼーブは電光の帯を避けるように移動する。
大規模破壊魔法故に命中率が低い雷槍光条はそれだけで避けられてしまう。
しかし、それはアストの考えた通りの動きであった。
「この!!」
アストは刀を捨てて狼上弓を手にする。そして弓を一本つがえた。
びゅん!!
風切り音を立てて矢がルゼーブへと飛翔する。そのいきなりのことにルゼーブの反応が遅れた。
ザク!!
ルゼーブはとっさに左手を出して身を庇った。その手に命中して左手は吹き飛ぶ。しかし、せっかくの命中弾はそれてしまい、地面に突き刺さった。
「く!! この!!」
ルゼーブは祈りをささげて次のゾンビを呼び出そうとする。そうすれば次の矢から身を守れるはずだ。しかし、それは甘い考えであった。
「?!!」
ゲイルが疾風のごとくゾンビどものいなくなった道を駆けてくる。
そのスピードはあまりに早く、次のゾンビは間に合いそうもなかった。
「糞が!!」
慌てて祈りを中断したルゼーブは、駆けてくるゲイルの牙を寸でのところで避ける。
頭を狙ったゲイルの牙が、ルゼーブの右肩に突き刺さる。そして、
「がは!!」
そのままルゼーブは右腕を食い千切られてしまったのである。
そのまま地面を転がりながら、祈りをささげるルゼーブ。このままでは、次の一撃で自分は食い殺されるであろう。だからこその死出の祈り――。
「糞どもが!! 私はただでは死なない!! お前たちも道ずれ……」
ルゼーブは全部を言う前にその喉をゲイルによって食い千切られた。
「仕留めた!!」
アストが叫ぶ。リディアはほっと胸をなでおろしてその場に座り込んだ。
(あとは残りのゾンビどもを……)
そう思っていたアストの耳に、ゲイルの唸り声が聞こえてくる。
「ゲイル?」
アストは自分の相棒の名を呼ぶ。そのゲイルは、ルゼーブの死体を睨みながら唸り続けている。
「どうし……」
そこまでアストが言ったとき、突然ルゼーブの死体に異変が起こり始めた。
「何?」
リディアが呟くのと、ルゼーブの死体が闇に消えるのは同時であった。
ゲイルが急いでアストものとへと帰ってくる。
闇が――どんどん死体のあった場所を中心に広がっていく。そして、
ドン!!
闇の中から何者かの巨大な腕が現れたのである。
「な!!」
それは――その闇は召喚陣であった。ルゼーブの切り札である、あるゾンビを呼び出すための。
それは全長が5mはあろうかという単眼の巨人。
「サイクロプス?!」
それは、数ある妖魔族の中でも最大級の巨大妖魔であった。
「クソ!! あの野郎こんな切り札を?!」
あまりのことに絶句するアスト。
それは黒の部族ですら、数騎で当たらねばならない強敵である。そして、そのゾンビともなれば、どれだけ怪力が強化されているかわかったものではない。当然、普通のサイクロプスより耐久力も高いだろう。
それ以外の人間のゾンビなど、これに比べれば可愛いものだと言える。
「ゲイル!! リディア!!」
咄嗟にアストはゲイルとリディアに叫ぶ。
ゲイルはアストに背を向けて、アストはその背に飛び乗った。リディアもまた急いで立ち上がって、アストの方に駆けてくる。
アストはゲイルを走らせてリディアを掻っ攫った。
「お兄ちゃん!! どうするの?!」
「こんな奴をこのまま放置するわけにはいかん!! なんとか仕留める!!」
アストは口に狼笛を咥えて、手に狼上弓を持つ、矢をつがえて引き絞る。
びゅん!!
サイクロプスとの間合いを調整しながら矢を放つ。
その矢は的確にサイクロプスゾンビの頭部に命中した。しかし、
「クソ!! やはり一撃では無理か!!」
サイクロプスゾンビは頭の矢を気にした様子もなく、ただアスト達を睨み付けている。
その巨体がいきなり動いた。
ズドン!!
ゾンビとは思えない脚力で、地面を踏み壊して、一気に間合いを詰めるサイクロプスゾンビ。アストは慌ててゲイルを操った。
その拳がアスト達にかする。
「くお!!」
その衝撃波だけでアスト達は吹き飛びそうになる。
「この!!」
アストは何とか体勢を立て直すと再び間合いを空けて矢を放つ。今度は三本の矢がサイクロプスゾンビに命中した。
しかし、それでもこのゾンビには効いた様子がない。
「これは……まずい!!」
アストは残りの矢を数える。矢筒には残り十本の矢があるが――。
(これじゃあ仕留めきれない……)
アストはリディアの方を見た。
リディアは先ほどまでの魔法で精神力を使い切ってバテてしまっている。これでは攻撃魔法は無理であろう。
状況は最悪だった。このまま逃げることも考えたが。そうなると生き残った人々も死に、この最悪の化け物が野に放たれることになる。
「なんとかしないと……」
アストは考える。そして――、
(こいつも他のゾンビと同じなら……)
アストは矢をつがえて引き絞る。狙うはサイクロプスゾンビのたった一つの目。
「喰らえ!!」
そう叫んでアストは矢を放った。その矢は風を切ってサイクロプスゾンビの目に命中した。
「よし!!」
これでサイクロプスゾンビの視覚は潰した。他のゾンビと同じなら当然これで奴は動きを止めるはずで――。
その考えがアストの命取りになった。
ズン!!
地面を踏みしめてサイクロプスゾンビが飛ぶ。アスト達にめがけて。
「うわ!!」
ゲイルは本能的に襲撃を察知して身を翻す。
しかし、気を緩めていた時に奇襲を受けて、アストはリディアと共に宙に吹き飛んだ。
アストとリディアは地面に転がって突っ伏す。そこにサイクロプスゾンビが飛んできた。
「クソ!! リディア!!」
アストはリディアの身をその身で庇う。二人は最後の瞬間を待った。
「……」
しかし、その瞬間は一向に訪れない。その代わり、頬に何かの液体が落ちてきた。
「?」
頬を拭て見てみる、それはどす黒いゾンビの体液――。
何が起こったのかとアスト達は空を見上げた。すると――、
「な?!」
そこにサイクロプスゾンビは確かにいた。しかし、その首を失った状態で。
二人が呆然としているとその二人に声をかけるものがいた。
「無事か?」
「え?」
そうアスト達はその声の主を探す。そしてそれは容易に見つかった。
「あなたは?」
それは黒いマントを羽織った長身の男であった。その瞳は閉じられ、ただ空を眺めている。その手には、魔龍鋼製と思われる長剣と、ボーファス刀の両方を持ち、夜の闇に佇んでいる。
「あなたは?」
アストは再び聞き返す。今度こそその男は問いに答えた。
「俺はエルギアス……旅の剣士だ」
それだけをこの男・エルギアスは答えた。
「まさか……あんたがこいつの首を切り飛ばしたのか?」
アストがそう聞くと、エルギアスは黙って頷く。
「……」
それはあまりにも凄まじい斬撃。おそらく今の自分には絶対出せない一撃だった。
「……とりあえず。助かったよエルギアスさん? あんたが居なきゃあ俺たちは死んでいた」
「そうか……。助けになれてよかった」
そう静かに呟くエルギアス。
「おーい!!」
――と、不意に誰かに呼びかけられる。そっちを向くと、
「おーい! エルギアス! いきなり走りだしてびっくりするじゃないの!!」
それは、おそらく黄の民だと思われる、茶髪を短く切りそろえ、なかなかにプロポーションのいい、20代前半に見える女性であった。
腰には短剣を帯びている。
「!! アレは魔龍鋼の短剣!!」
そう、それは希少なる魔竜討伐士の証。
「あんた達……希少なる魔竜討伐士か?」
「おや? そこにいる少年少女は? 同業者かにゃ?」
そう変な語尾で答える女性。
「そうか……。この子らの危機を察して走ったわけだエルギアス」
そう言って、女性はエルギアスの背を叩く。
「む……」
それにエルギアスは一言で答えた。女性は楽しげな笑顔で言う。
「あたしはこいつの嫁でアリアってんだ? よろしくねん?」
そう言って猫の様なポーズをとる。
「嫁?」
「そうこのエルギアスはあたしのダンナ」
笑顔でその女性・アリアは答える。
「でも、まああたしらが近くにいてよかったね? こんな化け物相手にその人数でやり合うなんて、うちの旦那くらいでないと無理だよ?」
「はい……ありがとうございました」
アストは素直に礼を言った。それを満足そうに見てアリアは言う。
「うん……でもあんたもなかなかやるね? こいつの主人を仕留めたのはあんただろ?」
「え? まあ……」
「なら……えらいえらい」
そう言ってアリアは子供にするかのようにアストの頭をなでる。
アストはその行為に苦笑いをした。
「さて……ついでと言っちゃあなんだけど。この町のゾンビ全滅させようか?」
「え?」
その途方もない提案にアストは唖然とする。
「大丈夫……エルギアスはいるし。あたしもいるから、簡単簡単……」
(簡単って……まだ700体はいるはずだぞ?)
アストは心の中で考える。この目前の人物たちは、その途方もないことを確かにやるつもりに見えた。
「……あ、あの。本気で?」
「うん!」
アリアは元気に答える。その表情にアストとアリアはただ茫然とするばかりであった。
◆◇◆
「アシュト? リディア? 無事だったの?」
ルゼーブとの戦いから一日後、オルドカシュガンへの道中で、黒の部族の戦士を伴ったリックルと再会した。
「それで……ルソンは?」
「大丈夫だよ。ゾンビはすべて処理した……」
「え? 二人で?」
そのアストの言葉に驚きを隠せないリックル。それに対してアストは……
「いや俺たちはほとんど働いてない。ゾンビのほとんどを処理したのはあの二人だ」
そう言って後方を指さすアスト。そこに馬に乗ったエルギアスはいた。
「!!」
不意にリックルの連れてきた黒の部族が驚いた顔をする。
「あんたエルギアスか!! 盲目の魔剣士エルギアス!!」
その通り。
ゾンビどもの処理の最中に気づいたが、彼は目が見えないようだった。それでもまるで見えているかのように戦えるのだから、とんでもない御仁である。
そしてその奥さんのアリアの方も――
「じゃあ!! そっちの女性は大地の魔女アリアか!!」
そう叫んで二人の周囲に集まる黒の部族たち。リックルも驚いた顔をしている。
「何? なんであの生きた伝説と一緒なの? マジ信じられないんだけど!!」
その言葉をアスト達は当然のように受け止めた。
目の前で彼らの凄まじい戦闘能力を見せつけられたら、誰でも彼らのことを生きた伝説と――英雄と呼ぶだろう。
「ふう……」
アストはため息を付く。結局自分達では問題を解決できなかった。
彼らに助けられなかったら、自分たちの旅はあそこで終わっていた。この世界が過酷であることを、旅が難しいということを改めて思い知った。
――と、エルギアスがアストのところへとやってくる。
「アスト……」
「はい?」
「お前はきっと強くなる。自信を持て」
そう言ってエルギアスはアストの肩に手を置いた。
「なれますか? あなたのように……」
「ああ……お前が自分を信じるなら……きっと」
「……」
その言葉をアストは胸に刻み付けた。
「それでは、あたしたちはここでお別れにするわ。これからあたしたちは、ボーファスに向かってそこから左回りで大陸をめぐるから……、もしあんたたちが右回りで大陸をめぐるんなら、次に会うのはゲイランディア諸島のあたりかもね?」
「俺たちは……」
そのアリアの言葉にアストは言葉を濁す。今のところその予定はないからだ。
「ははは!! まあそうでなくても、生きていればいつかは再会できるよ!! じゃあね!!」
そう言ってエルギアスとアリアはアスト達の前から去っていった。アストは考える。
(生きていればきっと再会できる……か)
自分と姉もまたそうでありたいと思うアストだった。




